2006年10月12日の日記、再掲載
[汚れちまった青春ー8]
実は「モー嬢」の加藤には、この前の話しがあるのです。
加藤は、もっともっと前から次々に持ちかけるのですが、ぼくは
「まだまだ、甘い」
と相手にしていなかったのです。
ところが、暗闇にまぎれてぼくに近づいた。予践会という卒業生を送る会での映画鑑賞の真最中です(つまりぼくらは中学生だ)。場所は、池袋大映。とても大きなスクリーンで、きれいな客席だ。その中を腰をかがめ、スー、スーと忍び寄ったのです。
「おい、聴いてくれ。おれ、全線座に行ったぞ」
全線座とは、学校のすぐそば、大学の裏手にある名画とストリップを昼夜、交互でやっている映画館です。(名画とストリップの取り合わせが不思議でしょう)
もちろん加藤が行ったのは、ストリップのほう。すかさず報告にきたのです。
「あのな、すごいんだぞ。最後、風呂に入るんだ」
「入浴ショーって言うんだ。着物を舞台で脱いでって、最後の風呂の時、手をあげて背中を流すんだ」
「お前、手をあげたのか」
「いや、まあな。俺はそこまでは、まあな」
と相変わらず、妙なミエをはっている。
「実体は見たのか」
「それがな、よくわからないんだ。手ぬぐいもあるし、腰をひねったりして、いまひとつな」
読めてきた、ぼくに頼んで「しっかりした探究をして欲しい」という誘いなんだ、これは。
と、このアタリで真後ろの席のやつが、ぼくらの側に頭を突っ込んできた。暗くて誰かわからない。
「まあいいか。聴いてろ、聴いてろ」と、ほっといた。
「風呂と言ったって、舞台の上だろ」
「タライだ、お前、タライ」
「それでな、このタライをまたぐ。その時がチャンスだと思うんだけどな」
この後も延々と加藤の話は続くのだが、映画が終わり、明るくなったので加藤はやはり忍びのように自分の席に戻ったのです。
ところが、ところが、次の日、その話しは意外な展開となる。
2時限目の授業、英語のグラマーの時間だ。教師は英語ベラベラの林のやつだ。林ときたら、実に世間話ばかりで本題の授業をなかなかやらないんだ。そういうやつだ。それが、
「おい、加藤。映画の間中、エロ話ばっかりしゃがって」から授業がはじまった。
「アチャー、ウシロにいたのは林のやつだ。もう、加藤と付き合うとヘマばかりだ」
「ストリップに行ったとか。はじめから終わりまでじゃないか」
ガーン、教室中がシーンとなった。
「いっしょに話してたのは、誰なんだ」
ここまで来ると教室中がわくこと、わくこと
「林は、おれのこと知っている」
ぼくは、あきらめ切っていた。が、林はなぜかそれ以上、追求しなかった。
「どうしてだろう」
林の名前は馬太男。林馬太男がフルネームで、その名前からしてわけのわからなさぶりで、生徒が面喰らっている先生だ。(聖書のマタイ伝からの引用だ。林の家はクリスチャンだと、ぼくはとっくに読んでいた)
少し前の話しになるが、林が、ある日、黒板に
「All quiet on the western front」と書いて
「誰か、これ、訳せるか」と言った。
ぼくは、考えもせずに
「西部戦線異状なし」
と答えた。だって、これはぼくの得意分野の映画だし。スーとでて来る。林は、中学生のぼくに、おどろいたように
「よくわかったな」
とにこにこしながら答えてくれた。
全線座事件も終わって1月後、突然、林と遠回りの渋谷行きのバスでいっしょになった。ぼくは林の隣に座った。林は黙っていた。
千駄ヶ谷・私学会館前で降りる時、ぼくの方を見て
「おい、スケベ話ばっかり、するなよ」と笑いながら言って降りていった。
馬太男は、ぼくを愛してくれていた。うーん、確かに馬みたいに大きなやつだ。ぼくは、ひとり大好きな大人ができた。
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