○2006年10月24日の日記再掲載
コブのおじさんは、山車(ダシ)の梶棒を握りながら、ゆっくりゆっくり歩いています。綿の洗い晒しのニッカボッカにランニング姿のコブのおじさん。夏の日ざしは強くて、その首スジの右側、リンゴ大のコブをてらてらと光らせています。
こどもたちは、梶棒の両脇につながった綱を握り山車をひっぱります。山車の上にはお囃子連中が並び、こどもたちが進む速度に合わせるように、お囃子を響かせます。
チャンチキチ、チャンチキチ。
ときどき方向を修正するときには、コブのおじさんは、足を突っ張り、体中の力を振り絞ります。立ちふさがる巨人の姿です。見ているとコブのまわりは肉がしまり、力がみなぎります。
グググッ、グググッ。
やがて、山車の向きは直ります。それはすごいもので、おじさんひとりで地球を動かしているようです。
「あのコブから、巨大な力はでてくるのだ」
そう信じていたぼくだけど、力のもとは御酒所で飲む茶わん酒かも知れないと考えを変えるのは、大分あとのこと。
コブのおじさんは、ほとんどしゃべりません。
こどもたちが危ないことをしそうな時は、手を振って
「だめ、だめ、だめ」の仕草をします。街の巨人の言い付けです。子どもたちは即座に守ります。
御酒所に入って、あの秘密のジュース、茶わん酒を受け取る時もお相撲さんのように手刀を切るだけ。すーと受け取って、グイと飲みます。
どうして、コブのおじさんがしゃべらなくなったかはわかりません。わかるのは、奥さんが子どもを連れて家を出ていった頃からだそう。おじさんは、飲んで暴力を振るクセがあった、という噂も聞きました。
「無口で、やさしそうなおじさんがどうしてそうなのか」
とても不思議なことでした。
ある日、おじさんがぼくの家の玄関に座っていました。
「テッつあん、大丈夫だよ。みんな元気さ。大丈夫だよ」
母親の声に小さな声でうなずきながら、茶わん酒を飲んでいます。
さして話が進むようでもなく、なんだかうなずくだけの時間です。
「姉さん、どうも」と言いたかったのでしょうか、声にならない声をだすと、母親はもう1杯なみなみとお酒を注ぎました。後にも、先にも、ただいちどだけ聴いたおじさんの声というか、音です。
母親が、ある日、
「テッつあんはね、もらいっ子だったんだよ。震災の孤児でね。
お父っつあんてのが、大工を継がせたくて、いたんだけど
死ぬまぎわに教えたら、グレちゃったんだね」
こう話してくれました。
あれからだいぶたつけど、
夏が来て、お囃子が聴こえると
チャン(父)スキ(好き)サ、
チャン(父)スキ(好き)サ、と聴こえる気がします。
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