えー、春ですねぇ、春といえば、紛(まぎ)れもなく4月。
この4月、ボブ・ディランのノーベル賞受賞後2度目の来日コンサートがはじまるようで、人気も上がっているそう。「これが最後」という街の噂も追い風になっているらしいよ。最後とは、なんとも切ないね。
なにはともあれボブ・ディランがノーベル賞を受賞したのが2016年で、もう7年もたったのです。早いなあ。
あの時、ボブ・ディランがノーベル賞を獲るなんて言う人は誰ひとりいなかったのになあ。少なくとも日本にはひとりもいなかった。正しく言えば、聴いたことがなかったかな。
ぼくはね「当然、当然、ずっと言ってるじゃないか」と言ったね。ところが、「どこで言ってるのよ証拠がないじゃない」状態だった。でね、ここんとこのミクシーの原稿整理で出てきました、責任者出てきた。
「ボブ・ディランはノーベル賞ものだ」
と2011年11月の日記に書いていた。受賞の5年前です。タイトルは「祝ボブ・ディラン70歳」。我らの詩人の70歳に驚いて、ま、あわてて書いたのです。
友よ、答えは風の中にある。
The answer my friend, is blowin’ the wind.
戦後または20世紀後半、あるいはぼくらの時代を代表する言葉はこの1行だからというのが一番の理由。その他にも、連続して
彷徨う若者をテーマに 「ミスター・タンブリンマン」
批評家や政治家を見事に嘲笑った 「時代は変わる」
どうして戦争は起きるの 「風に吹かれて」
いよいよベトナム戦争が激しくなって「戦争の親玉」
など歌で時代を変える、その言葉の破壊力を上げてました。ジョン・レノンより破壊力は上だなど書いています。
君、それで俺はエライだろと言いたいの。
あのー、そいつを言っちゃあお終(しま)いよ。と寅さんなら言うよ。
みんなねぇ、受賞したらクルクル、クルクル切り替わって
「あの人なら、当然」
「なるべくしてなったね」
中には
「応援してたよ」まで出てくる。これが世の中。世間というのはいつも後追いなんだ。それまで毛ほども思っていなかったことが、パカーン、クス玉が割れるとさかのぼってオレもオレもになるんだね。
これ、意識のタイムマシーン、または意識のどこでもドア。
半歩先に発言する自分、ここが大切なんだ。とスガシカオも歌っていたような。(スガシカオは一歩先かな、どっちかなあ)。ま、ま、ボブ・ディランの話で、ここまで論旨が伸びてきた。
何しろ意識のどこでもドアだからね。ドアをクグちゃうと、後追いの本人たちには自覚はないんだなあ。もうすっかりなりきっちゃう。
意識のどこでもドアを クグり抜け
見上げる 日本の空に
誰が歌うのか ボブ・ディラン
ルミ子は過去を怒ってる。けれど怒っても仕方ない。時代はどんどん動いていく。僕の的中などは何の意味もない。わかっております。ボブ・ディランの言う通りです。
For the times they are a-chaingin’ あーた、実に小気味いいですなあ。
あのー、もしですが、よかったらですが、面倒でなければ、証拠を見にお立ち寄りください。2011年11月9日「祝ボブ・ディラン70歳」です。
注:ボブ・ディランの隠れたメロについても書きました。ロックについては触れていません。
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