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2019年10月30日22:36

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ドナルド・キーンの憂国

「首相の靖国神社への参拝が気にかかっている。以前、私は日本が左翼に乗っ取られるのではないかと心配していたが、今は右翼が乗っ取らないか心配だ」(2013年12月27日)

「(憲法とオリンピックに対する私の考えが新聞に掲載されたが)今のところ2人しか反応がない。知り合いの元新聞記者と教え子だけだ。奇跡は起きなかった」(2014年1月16日)

「あなたが言うように、もっと伝わるようにやれればよいのだけど、私が懸念しているのは、日本人は私がいかに日本を愛しているかを語ったときしか、耳を傾けてくれないことだ」(2014年1月14日)

ドナルド・キーンからチャールズ・イノウエ教授へのメールより
【出典】「ドナルド・キーンさんの秘めたメッセージ」(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190930/k10012105521000.html

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亡くなられたドナルド・キーン氏が「日本」を深く愛していたことは、多くの人が認めている。
愛は、時に「憂い」に転化することがある。
国を愛すると称する人が、「憂国」の立場から、自国の軍事力の強化を主張したり、「左翼」の歴史観を「自虐的」と批判することがある。

しかし、キーン氏の「憂国」は、そのようなものとは全く違うものだった。
晩年の彼の「憂国」は、「右翼」への懸念に向けられ、「平和憲法」を「改正しようとする動き」に向けられていた。また、彼は「東京五輪には反対」し、「五輪の光に隠れている闇」を明らかにすべきだと主張していた。

このような「憂い」方の立場は明確であり、ある種の人々(たとえば「右翼」の人)から見れば「偏り」のあるものであり、もはや「愛国」とは呼べないと思うかも知れない。

しかし、彼の自伝を読むと、彼の「愛国心」は、強固な倫理に支えられたものだということが解る。彼は、アメリカ国民としての忠誠心と「日本人を殺したくない」という平和主義を両立させるために、海軍の情報将校となる道を選ぶ。それによって彼が経験したことについては、以前、「ドナルド・キーン自伝より」というタイトルの日記で記したことがある。

キーン氏は、第二の祖国として「日本」を選び、日本国籍を取得したが、その根底にあったのは、マスコミで報じられているような「日本」への「愛」であるというよりは、むしろ「憂い」のためであったのではないか。キーン氏と親交のあったイノウエ教授は次のように証言する。

「キーンさんはずっと日本のよいところを語ってきたわけなんですけれども、いまになって、もう少し、悪いところも言わなければならないけれど、アメリカ人として言うのはつらくて、できないと。愛する日本を外国人として批判するのではなく、日本人として苦言を呈したかったんです」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190930/k10012105521000.html

このような考え方は、「キーン自伝」にあらわれている強固な倫理観・責任感と共通するところがある。

彼の思想について、改めて考えてみたいと思った。

◆ドナルド・キーン自伝より
(1) http://mixi.jp/view_diary.pl?id=826456156&owner_id=2312860
(2) http://mixi.jp/view_diary.pl?id=828327827&owner_id=2312860
(3) http://mixi.jp/view_diary.pl?id=829391875&owner_id=2312860

◆「五輪の闇 報じるべき」 ドナルド・キーンの東京下町日記
http://a-tabikarasu.hatenadiary.com/entry/2017/06/11/184131

◆「偉大なる日本文学者、ドナルド・キーン」(河路 由佳)
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c03709/

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