「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひ給ひける中に、いとやんごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめき給ふ有りけり。はじめより、我は、と思ひ上がりたまへる御方がた、めざましき物におとしめそねみ給ふ。同じ程、それよりげらふの更衣たちはましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても人の心をのみ動かし、うらみを負ふ積もりにやありけむ、いとあづしくなりゆき、物心ぼそげに里がちなるを、いよいよ飽かずあはれなる物に思ほして、人の譏りをもえ憚らせ給はず、世のためしにも成りぬべき御もてなしなり。」
岩波文庫『源氏物語(一)』(岩波書店・2017年)より
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岩波文庫には、高校時代から大変にお世話になっている。
今までに読んだ岩波文庫は、200冊を超えているんじゃないかと思う。
それだけお世話になっていても、不満が無いわけではない。
不満のひとつは、カントの『純粋理性批判』の訳が古いことであり、もうひとつは『源氏物語』の校訂が古いことだった。
このうち、後者については解消された。『源氏物語』の新版が出たのだ。全九巻となるようだが、まずは第一巻が出た。
引用したのは、「源氏物語」の有名な冒頭部分。
源氏物語を好きな人であれば、「おやっ?」と思ったかも知れない。
「いとあづしくなりゆき」という部分の「あづし」は、普通は「あつし」と濁らずに表記される。
漢字では「篤し」と宛てられることもある。
ただ、岩波文庫の新版では「あづし」となっている。
そして、この語には次のような注が付いている。
■「あづし」(病気が重い)は「あつし(篤し)」とは別語。「支離 アヅシ」(名義抄、色葉字類抄)。
ちなみに、この文庫版の元となった新日本古典文学大系(青大系)版でも同じ表記となっていて、そちらの注では以下のことしか書かれていない。
■「支離 アヅシ」(名義抄、色葉字類抄)。
いずれにしても、「あつし」とは別語の「あづし」という解釈なのだろう。逆に言えば、「篤し」という漢字を宛てることは誤りということなのだろう。文庫版では、そのことを明確にしたのかも知れない。
ちなみに、「あづし」という言葉は、桐壷更衣の死の直前の部分に、もう一度出てくる。
■源氏物語に関する日記の目次
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=2312860&id=1859548426
■日本古典文学に関する日記の目次
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