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2020年02月19日23:48

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鉄道之雑談帖(その201)―旧国鉄201系電車の引退

嘗て首都圏の国鉄通勤路線は、新性能電車の草分けの101系、その後継の103系電車の独壇場でありました。オレンジ色、黄色、黄緑色、青色、青緑色の塗り分けは、何線を走る電車なのか一目でわかり、所謂旧型国電の茶色(専門的にはブドウ色というそうですが)に比べて、モダンな感じがしたものでした。

それが昭和54年に、電子チョッパ制御の201系が登場した時は、ブラック・マスクの正面のデザインと共に、極めて斬新で鮮烈な印象を受けたものでした。それから幾星霜、ざっと40年もの歳月が流れて、101系・103系を追う立場であった201系が、とうとう後進に道を譲る時が来た様です。

<引用開始>

国鉄通勤型電車の生き残り・201系が2023年度までに消滅…221系が大和路線、おおさか東線へ転出

JR西日本は2月19日、国鉄時代末期から導入していた201系直流通勤型電車を2023年度までに淘汰することを明らかにした。同車は国鉄時代の1979年8月に試作車が中央線快速にデビュー。空気中に電気による発熱を逃してしまう「抵抗制御」と呼ばれる旧来の制御方式では省エネ性能に難があることから、その点を克服した「電機子チョッパ制御」と呼ばれる方式を国鉄電車として初めて採用。同時に、ブレーキ時に発生するエネルギーを他の列車の加速に活用できる回生ブレーキの搭載により省エネ性が大幅にアップして、「省エネ電車」の異名を取った。

1981年7月からは量産車が登場し、中央線快速に残る101系や103系といった昭和30年代からの新性能電車を順次淘汰。翌1982年には、8月から中央・総武緩行線にも投入される一方、12月には関西地区にも投入され、東海道・山陽緩行線(現在のJR京都線、JR神戸線に相当)で運用に入った。これが現在のJR西日本エリアにおける最初の201系投入となり、当時の塗色はスカイブルーが施されていた。201系は1987年4月にJR東日本とJR西日本へ承継されたが、JR東日本車は2011年6月、京葉線を最後に引退。残るはJR西日本車のみとなったが、2020年度から2023年度にかけて225系が東海道本線(JR京都線・JR神戸線)などへ総勢144両が投入されることになったため、既存の221系が関西本線(大和路線)やおおさか東線へ転出し、201系を置き換えることになった。

間接的に201系へ引導を渡すことになった225系は、2010年に登場したJR西日本の直流近郊型電車で、衝突安全対策や、自動列車停止装置(ATS)、パンタグラフなどの機器を二重系化。車両の挙動を監視する装置も搭載するなど、安全性が高められている。

<引用終了>

出典Web:https://response.jp/article/2020/02/20/331905.html

JR西日本は走行距離の関係か、はたまたケチなのか、JR東日本に比べて車両の新陳代謝が幾らか遅い様ですが、それでも入れ替えの時期はやってくる訳で。寂しいものがありますが、のこされた日々を恙なく走り終えて貰いたい所。最後の雄姿を目に焼き付けておきたいところですが、電車を見るだけの為に、関西方面へ遠征するのはちょっと。機会に恵まれれば、と思う次第です。

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