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2019年02月06日23:50

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歴史之雑談帖(その221)―戦艦比叡の船体発見

大東亜戦争開戦前は、しばしばお召し艦として起用され、開戦後日本の戦艦として最初に沈没した、戦艦比叡の船体が発見されたそうです。ううむ。

<引用開始>

戦艦「比叡」の船体発見 ポール・アレン氏の調査チーム

米マイクロソフトの共同創業者、ポール・アレン氏(昨年死去)の調査チームは、先の大戦の真珠湾攻撃に参加し第三次ソロモン海戦で沈没した旧日本海軍の戦艦「比叡」の船体を南太平洋ソロモン諸島沖の深さ約1千メートルの海底で発見したと発表した。

 比叡は金剛型の2番艦として横須賀工廠(こうしょう)で建造され、大正3年8月に竣工。観艦式の際に昭和天皇が座乗する御召艦になり、国民に親しまれた。昭和16年12月、機動部隊とともに真珠湾攻撃に参加。以降、インド洋作戦やミッドウェー海戦などで活躍し、17年11月、ガダルカナル島の攻防をめぐる第三次ソロモン海戦で沈没した。調査チームはこれまでも沈没した軍艦の探査を行い、戦艦「武蔵」などの船体を発見。昨年3月には第三次ソロモン海戦で日本軍に撃沈された米巡洋艦「ジュノー」の残骸も発見している。アレン氏の死去後も調査を続けている。

<引用終了>

出典Web:https://www.sankei.com/life/news/190206/lif1902060018-n1.html

記事にもあります様に、今回比叡の船体を発見したチームは、先に戦艦武蔵の船体を発見したチームとの事。只、検索した記事によりますと少し前に日本のNPO法人が、比叡の船体探査の捜索に乗り出したそうで。発見された、と言うニュースに接した記憶はないので、その時は発見に至らなかったのでしょうね。

個人的には―今後このチームがどの様な活動を計画しているか、は知りませんが―旧帝国海軍の戦艦の船体調査ならば、最も悲劇的最後を遂げた戦艦扶桑・山城の探査を手掛けていただきたい所。或いは、レイテ沖海戦で、相次いで沈没した重巡愛宕・鳥海・摩耶と云った所の船体も、探索してほしい所ではあります。

可能なら薄命の航空母艦信濃の探索を、とも思うのですがこれは深さが4000メートル近くの深海になるらしいので、ちょっと難しいでしょうねえ。嗚呼……
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