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2017年10月28日23:01

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藤原定家全歌集

「 この世に生を享けた人はすべて、おのがじしの行き方で少なくとも自身にとっては意味ある生を送ろうと努めているのに違いなて。が、棺を覆った時、その人物が後世に遺したものには何と個人差があることであろうか。
 ほとんど何物も遺さず、何の足跡すらも留めず、世を去ってゆく多くの人々がいる。非常に質の高い、しかし量的にはごく僅かの仕事を遺してゆく人もいる。おびただしい量に上る仕事を手がけたものの、それらは客観的に決してすぐれているとは言えず、まもなくその仕事とともに忘れ去られてしまう人もいる。
 藤原定家は八十年の生涯を送った歌人・文学者である。その生は必ずしも幸福であったとばかりは言えないが、彼はその間におびただしい量の仕事をした。しかもそれらの大部分は極めて質の高いものである。彼はその意味でまさに巨匠であった。しかしまた、巨匠という言葉から連想される豪放さとか荒削りな印象からはほど遠い。彼はむしろ細心でそれら多くの仕事の隅々にまで神経を行き届かせている。彼は巨匠というよりは、卓抜な技芸を身につけた工匠に近かったのかもしれない。けれども、単なる技芸にのみ生きたわけでもなかった。その言葉の芸はこり生を苦しいもの、つらいものとする認識に裏づけられている。生が苦しくつらいからこそ、彼の言葉の技は美しい夢を紡ぎ出したのであった。」

久保田淳 校訂・訳『藤原定家全歌集(下)』(ちくま学芸文庫・2017年)所収「解説」p.514〜515

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もともとは河出書房新社から出ていた本。
定価でも各冊1万円くらいしたが、絶版となり、古本としては倍くらいの値段がついていたと思う。つまり、上下をそろえると3〜5万円くらいした。

それが、内容も見直されたうえで文庫本になった。
1800円と1700円(税別)だから、手の届く範囲かも。
ありがたいことだ。
単行本は、よほど大きな図書館か県立図書館くらいにしか置いていなかったが、文庫となればそろえる図書館も増える。

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「言葉を紡ぐ」という言葉がある。
何年か前に初めて聞いたときには、洒落た表現だと思った。
ところが、この言葉が多用されるようになり、なんだか作家や詩人などは、誰もが「言葉を紡ぐ」ようになった。こうなると、この言葉が目障りになってくる。「紡ぐ」という言葉が安売りされているような気がしたのだ。

ただ、久保田淳の「彼の言葉の技は美しい夢を紡ぎ出したのであった」という言葉を読んだときには、涙が出てきた。ほんとうに、定家の言葉の技は、「紡ぐ」という言葉に相応しい、否、その言葉でも表現しきれないものであるように思われたからだ。

彼の「全歌集」をゆっくりと読んでいきたいと思っている。
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