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2021年12月19日18:53

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戻り道を探して、その25

「女将です」
 そう言いながら配膳を持って和服の女が入って来た。決して美人ではないが、上品な威厳を持つ女だった。性風俗のママたちや水商売の女たちとは、また、違った色気が彼女の威厳には含まれていたのだった。
「女将というと、この旅館の」
 他に女将があるか、と、筆者は思ったが、奇妙な緊張感で、どうしても会話がちぐはぐになってしまっていたのである。
「はい。こちらの社長の愛人でもありますけど」
「奥さんじゃなくて」
「ええ、旦那はこの旅館の社長なんですよ。ちょっと資金繰りがあって、こちらの社長に私を売り渡したんです。ですから、私は、こちらの社長の言うがままにしなければいけないんですよ」
 そんなポルノ小説のような話が本当にあったのかと筆者が驚いていると、社長が笑って反論した。
「冗談じゃないですよ。ここの社長のね、趣味に私が強引に付き合わされているんですよ。そして、それは、この女将の趣味でもあるんですよ。本当に愛人だったら好きにセックス出来るでしょ。ところが、旦那がいるところでしかさせてくれないんですからね。そりゃ、見かけは旦那の前で奥さんを凌辱する悪人ですけどね。実際には、スケベ夫婦に利用されたМ男ですよ」
 その旅館に集う人たちは、本当に分からない人ばかりだった。誰の言うことが本当で、誰が嘘を言っているのか、何が事実で、何が妄想なのか、筆者には、まったく分からなかった。
「こちらは特別料理になりますのよ。お客さんは魚より肉だと社長にお聞きしましたから、うちのに無理に作らせましたの」
「ああ、ここの社長は料理人でもあってね。腕は確かなんだよ。しかも、温泉旅館なのに元はイタリアンのシェフだったんだよ」
 ああ、だから、パーティ用のオードブルのようなものも本格的でお洒落だったのか、と、筆者は納得した。
「で、どうよ。奥田さん。今晩、この女将と。旦那ついて来ちゃうけど」
 そう言いながら社長は、大笑いした。静寂に包まれた旅館の如何わしいパーティの中にあって、この部屋だけが賑やかなのは、何だか、とても贅沢な気がした。そして、筆者は、この会話こそが、この状況こそがエロというものなのではないだろうか、と、その時、確かにそう思ったのだった。
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