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2021年09月01日17:03

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ドラゴンは間違えた、その6

『ちょっと出て来る』
 と、モニターに書置きしたまま、ドラゴンはいなくなった。昔の人は、このようにして猫を飼っていたと聞いたことがある。餌を食べて眠るが、それ以外の時間は勝手に外で生活しているというわけだ。そのために猫専用の出入り口なんていうのもあったらしい。しかし、今は、そんなことをしたら感染症の問題もあるし、何よりも交通事故が怖い。もっとも、出て行ったのは猫ではなくドラゴンなのだから、その心配も無用のような気もした。
 ドラゴンがいなくなって三日目の深夜。ベランダが光った。ガメラやギャオスのそれとは違う。もっと電気的な光だった。いや、ガメラは電気的な光なのかもしれないが、とにかく、それとは違っていたのだ。
 カギの掛かったベランダの窓の外はしばらくすると暗くなり、光で見えなかった小さな影を写していた。ガラスの向こうの影は猫ぐらいの大きさで、そこに、ちょこんと座って飼い主が窓を開けてくれるのを待っているかのように見えた。
 ドラゴンが帰って来たのだ。
「やっとカプセルの軌道が計算出来たんだよ。あれがないと必要なものが手に入り難いからな。地球側にも、いろいろ許可申請みたいなのしないとならないしな。昔はそんなのなしで、自由に出入り出来たんだけどなあ。地球も偉くなったものだよ」
「桃、ないぞ」
「桃、ないのか。この三日、寝ずに働いて、帰って来たら、桃があると思ったのに」
 帰って来たら、ここはお前の家なのか、と、そう思ったが、それは言わなかった。交通事故に遭わずに無事に帰って来たのだから、と、そう思ったところで、彼が猫ではなく知性のあるドラゴンなのだと、再び、そう思った。大きさの問題もあるのだろうが、どうしても、ペットのように思えてしまうようなのだ。
「桃はないけど、イチジクあるぞ」
「とにかく疲れたから、桃が食べたかったけど、そのイチジクとか言うのでいいや」
「分かった、今、剥いてやるから」
 キッチンに立ち、冷蔵庫の野菜室からイチジクを四つ取り出し、俎板の上に置くとドラゴンに背中に飛びつかれた。この部屋では禁止だと決めた恐ろしい速度の移動をしたのだ。そんなことを忘れるほど、ドラゴンは焦っていたようだ。背中に飛び乗ると言っても、いちおう、ドラゴンはゆるやかに飛ぶことが出来るので、背中に体重は乗せていない。筆者の背中で飛んでいるだけだ。そして、筆者の肩越しに顔を出し、俎板の上のイチジクを覗き込んでいるのだ。
「お前、これは、もしかしたら、とんでもなく美味しいヤツなんじゃないか。桃とは、また、違う、なんかこう、濃厚な瑞々しさと芳醇な甘さがあるな」
「鼻がいいな。お前、猫じゃなくて犬なんじゃないか」
「それを言うなら、猫でもないし、犬でもない、ドラゴンだから。そんなこと、どうでもいいから、早く食べようよ。俺が三つでお前が一つな」
 それ、身体の大きさから考えても矛盾した分け方のような気がするのだが、ドラゴンには、そこは分からないようだった。皮を剥くから向こうで待ってろと言うと、ドラゴンは、ベッドに乗り、そのサイドにあるテーブルに向かって、ちょこんと座った。少し口を開いたまま肩で息をしている。やっぱり、猫というよりは犬だ。
「ああ、そうだ。カプセルから石を持って来たんだよ。地球で換金してくれよ。それで、俺専用のパソコンを買って、残りはお前の使用人手当てにしてくれ」
 使用人になるとは言った覚えがない。そもそも、大きさを変えないかぎりドラゴンはペットにしか思えないのだ。イチジクをテーブルに乗せ、ドラゴンの持って来た石を見ると、それは、いくつかの宝石だった。インターネットで調べ、地球でも売れるものを持って来たようだが、その時に価格まで調べなかったのだろうか、パソコンではなく、高級車が買えそうな石の量なのだ。偽物ということはないだろう。価格をドラゴン本人に調べさせ、換金してパソコンは手に入れ、残りは持たせておこうと思いながらテーブルを見ると、ドラゴンが一つ残ったイチジクを見つめていた。
「それ、残しておいてくれたのか」
「だって、一つはお前のものだから」
 それを言うなら、全部が筆者のものなのだ。
「疲れたんだろう。いいよ。それも食べろよ」
 と、言い終わる前にドラゴンは残りのイチジクを口に入れてしまった。同時に、呻いた。美味しくて感動したのか、あるいは、さすがに食べ過ぎてお腹でも痛くなったのかと思ったが、どちらも違っていた。
「なんだ。この魂魄のエネルギー。この大きさで戦闘になっても勝ち目がないぞ」
 ドラゴンはベランダの窓を見つめ、体勢を低くして警戒していた。やっぱり猫のようだ、と、筆者は思った。
「おい窓を開けるつもりか」
「ああ、どうせ、開けなくても入って来るからな。まあ、形式として開けることにしているんだよ」
 ドラゴンは、ずるずると後に下がり、下がり過ぎてベッドから落ちてしまった。それでも、今度は床の上で体勢を整えている。ドラゴン、やっぱり可愛い。
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