『
わたしは、ダニエル・ブレイク』
名匠ケン・ローチ監督が引退を撤回してまで作りたかった映画。
見事、カンヌで再びパルムドール受賞。
ブレない庶民目線のケン・ローチ作品に変わりなく、その点ではファンなら大いに納得できるだろう。
心臓の病のために手なれた大工仕事につけない初老の男ダニエルと、離婚して二人の幼児を抱えて田舎町に越してきたシングルマザーのケイティ。英国のお役所仕事と複雑なシステムの犠牲となっている。
出会いは偶然だが、共に社会の弱者という点が引き寄せ合う。
“お役所仕事あるある”のルールに縛られた行政。
法律は誰を守るためにあるのか。いったい誰のための行政なのかと憤りを覚える人も少なくないだろう。
失業保険の手続きを進めるための理不尽と不条理で塗り固められた説明が“たちの悪いコント”に感じる。私の脳内ではジョン・クリーズとマイケル・ペイリンで再生されたほど。(笑)
そんな不条理を感じる行政に怒りを抑えて淡々と従うダニエルだから説得力がある。
ブルーカラーで学がないダニエルにそっと手を差し伸べようとする職員の存在は「役所イコール悪」と単純化していない配慮だと思うし、ささやかな希望でもあろう。
ケイティのやむに已まれぬ犯罪も想定内ではあるが、演出上の見どころは<その物>が
女性特有の物ということではないか。
いかに独り身の女性が生きにくい社会なのかが痛烈に感じられる一コマ。
タイトルの意味が示すシーンでは思わず拍手を送りたくなった。
(個人的には“わたし”よりも“オレ”の方がしっくりくるけど…。)
この風景を見ていると日本の未来とも重なるようである。
ローチ監督の復帰は映画ファンとしては喜ばしいことだが、まだ問題提起せねばならない(隠居できない)憂う世の中を思うと複雑ではある。
余談だが、リニューアル後の武蔵野館の1番スクリーンに初めて足を踏み入れた。
(2番は先日体験済。昔のバウスシアターの2番みたいな記憶。)
どう変わったのかをスタッフに聞くと、「イスは変わったけど傾斜は変わってないです」だって。ちょっと残念…。
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