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2015年10月16日01:42

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第12回ラテンビート映画祭、その一

第12回ラテンビート映画祭

『火の山のマリア』

 グアテマラのコーヒー農園で働くマリアは都会への憧れを抱いていたが、両親は農園主任の後妻にと考えていた。
そんなある日、恋人のペペと駆け落ちを計画する。

 グアテマラのマヤ族が映画に描かれることは珍しいと思う。
彼らの抱える様々な問題がここに凝縮されている。
とりわけ貧困ゆえの問題の前に人権も自由も奪われる様は見ていて胸が痛くなるし、実にやりきれない思いに駆られる。

 冒頭のブタの種付けからしてメタファーの塊。
いつ噴火する分からない火山の胎動も、マリアの内なるマグマとリンクするようだ。

 人里離れたマヤ族の生活描写は新鮮で、先住民族の因習などが根強く残っているのだと思わされるし、またそれが彼らの足かせともなっている。
キャスティングは苦労したという話を聞く。
そもそも映画産業自体がほとんどないという中で、マヤ人の役者を探すのは困難だったようだ。

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監督のハイロ・ブスタマンテ氏がゲストでトークを行いました。

来春、岩波ホールで公開予定

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『土と影』

 重いテーマの映画。
貧困との戦いは避けがたいのか。

 コロンビアの<とある農村>に住む一家の大黒柱が病気で倒れる。
そのために家族を捨てて出て行き疎遠だった祖父が呼び戻されるところから話は始まる。

 そもそも労働自体の選択肢に乏しい地。
とうもろこし畑での肉体労働くらいしかないのが現状。
しかし母と祖母の女手に肉体労働は厳しい。

 スケールの大きな風景が見る者を圧倒する。
毎日の焼き畑で出たススは掃いても掃いても降り積もる。生きる希望を根こそぎ奪い取るように黒く塗りこめる。
父の病気のために窓を閉じて暮らすことも希望の光が差し込まない隠喩のようだ。

 ただ、焼き畑で一切なくなった平原は、家族の新生活へのリセットのようにも思える。
セリフも少なく余計な演出を加えない固定で長回しが力強さを与え、ドキュメンタリーのようなリアルさをもって見るものに迫る。

 疑問に思うのはなぜかこの地を離れたがらない祖母のこと。
そこは推測するのみだが、それとなくわかる気はする。

ラストショットが脳裏にこびりつく。

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東京国際映画祭でも上映

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