『
6才のボクが、大人になるまで。』
12年前、自分は何をしていただろうか。
12年間をリアル進行で撮影するとは何とも気の遠くなりそうな企画だ。
この特異な映画がスタートしたのはアメリカ同時多発テロ事件の直後であることを考えると<家族の在り方・人々の心のつながり>などをどうにかして残しておきたい気持ちも含まれていたのではないか。
随所に関連性を思わせるエピソードが見られる。
インターバルを9年ずつとって『ビフォア』シリーズを撮ったリチャード・リンクレーター監督ならではのアイディア。
時間を描く映画は山ほどあっても、こうした時間の捉え方は驚嘆に値する。
6歳の少年メイソンとその一家(サマンサ・両親)のメイン4人を変えずに12年追い続けたのは並々ならぬ苦労があったのは容易に推察がつく。
何より多感な年ごろを通るので途中で嫌気がさしても不思議じゃないし、万が一の不慮の事故がないとも限らない。
監督自身だって、撮り続けることができるのか分かったものじゃない。
それを支え続けた映画会社も大したもの。少なくとも12年後まで出資した見返りはないのだ。
関係者に撮影中は口外禁止していたと聞くが、幼い子供がよくぞ我慢できたと思う。(だよね?)
主に夏休みに集まり、その年分の出来事を書いては撮影というスタイルだったらしい。
そのためか全体を通したトリック的な仕込みはあまり見られない。
それだけに恋をして反抗期を迎え成長するといったリアルな生活ぶりが見て取れる。
同じキャストが平等に12年経過するのだが、原題のBoyhoodはむしろ
年を取らないイーサン・ホークのことなんじゃないか。(笑)
ハリー・ポッターやゲーム機などのツールが時代性をよく伝える。
パソコンやテレビサイズなどテクノロジーは古くなりやすいのを熟知しているかのようだ。
ただ、おそらく想定外ではなかったかと思うのはフィルム問題。
最初はアナログ撮影かと想像するが、最後の方は嫌でもデジタルだったのではないか。
そういう時間経過も見どころか。
母親の最後のセリフが最も突き刺さったのは、自分の<時間>はもうそっち側に足を踏み入れているからだろうか。
メインの家族以外は“通行人A”でいいとしても、ジムの子供たちは少々気がかり…。
2度目の鑑賞が(1度目と違う意味で)面白い映画は珍しい。
少し長めの165分で、ありがちな出来事ばかりだが退屈とは無縁。
ようやくアメリカ経由でドイツ盤が届いての鑑賞だった(笑)が、特典映像は短めのメイキング(ほぼインタビュー)しかない。
それよりも最大の特典は吹き替えかも?
劇中の自然な声変わりをどうするのか楽しみだったが、当然一人の人の成長が間に合うはずはない。(笑)
知ってはいたけど、お久しぶりね…の
チャーリー・セクストンに声を上げそうだった。
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