珍しくリクエストがあったので(笑)、東京国際映画祭2013を中断して公開中のこちらの映画を…。
『
もうひとりの息子』
『そして父になる』でクローズアップされた<子ども取り違え>問題。
それよりも一般公開は後になったが、昨年の東京国際映画祭でサクラグランプリを受賞したこの映画も同題材を扱った作品。
ただし、こちらはイスラエルとパレスチナという根底から相容れない設定。
これだけでドラマティックになりそうな予感がプンプンする。
こと問題は、家族という枠を超えて、民族やイデオロギーのアイデンティティにまで及ぶ。
正直、知らないことが幸せなこともあるというのはこういうケースなのかもしれない。
この映画を観た後では日本の“それ”は生ぬるくさえ感じてしまう。
(当事者にとってはどちらも深刻な問題であろうが、どう決着をつけたとしても、自由に行き来できるところに住む日本のケースとは少し違うのでは?)
無論、この作品の目的は今もなお続く紛争の縮図として描かれているのは明白。
観客の手に届きやすい問題として<家族>に置き換えているにすぎない。
それにしても壁一つ越えるとまるで別世界が広がる光景には驚く。両国の格差は愕然とするほど…。
敵対国家という以外に『そして父になる』と大きな違いといえば、子どもがずっと大きいこと。
青年となり、自立しようとしている最中なのだ。
視点は裕福なイスラエル家庭に育つ青年に置かれるが、どちらに偏ることもなくヒステリックになったり責任転嫁する誘導は見せない。
だからこそ我々は“彼ら”と一緒になって考えて悩むことが出来る。
もっとも登場人物たちはヒステリックになる。肉親は互いに共通点を見つけようとしたり、特別視はする。
だが本来の家庭で育ったら…と恨みつらみが出てきてもおかしくない所を被害者である“二人の青年”に救われる。
現実と比較して“生ぬるい”と揶揄されるかもしれないが、それでいいではないか。
古臭い言い回しだが、<
壁を乗り越えられるのは愛>しかないのかもしれない。
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