『
ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:Q』
「頭の悪い観客に合わせる必要なんてない。分かる人に分かれば、それでいい。」
クリント・イーストウッドはかつてこういう発言をしたそうだが、難解さがハンデとはならない本作品であったとしても、もう少しヒントをもらえたら良かったか。
“ヱヴァンゲリヲン”とタイトルを変更して再出発した新シリーズだが、『序』『破』とくれば普通は『急』になるはず。
それを『Q』としたのには単にダジャレじゃなく『ウルトラQ』へのリスペクトの意味があるのだろうと考えていたけど、まさかQuestionが増える“Q”だとは…。(苦笑)
旧シリーズで熱狂した人には焼き直し以上の<らしさ>が戻った作品といえなくもないだろうが、ブームだけ知っていて、新しい劇場版に便乗してみたら「面白いじゃん」と思った人を振り落としにかかったような印象も…。
前回で新キャラクター「マリ」や新型EVAが登場した以上、別物なのだと思われるけど、着地点が見えてこない。
『Q』で最大の関心事は、カヲルの存在であることはこれまでの布石から明らかであろうが、予想ほど深入りはしていないように思える。
それは、
それ以上の十字架をシンジに背負わせてしまっているからだろうか。
新しいプラグスーツの色彩にもいえることだが、何をどう意図しているのか受け取り手の自由度が上がったのがエヴァらしい。
旧劇場版からのリアルな時間経過を作品中に与えていることも真意を読み解くヒントか?
いまさら旧作の提言を繰り返すのは愚と見たのか、時代にあった新たな提案だろうか。
目に付くのは表舞台に引き上げられた女性たちと、消え入りそうな男性たち…。
コミュニケーションが一つのキーとなっていたと思われるエヴァシリーズにおいて、中での時間経過がキャラクターの成長と重ならないのは少々疑問。
本質的な性質に変化はなくとも人生経験をつむことで
対処方法は変わるはず。
メインタイトルのあ行からわ行へ変更された決意は<これでエヴァシリーズはおしまい>を意図していると思うのだが(それと似た示唆は次回のタイトルにも垣間見える)、しかし明快な<真の姿>に期待しつつも、どこかで裏切られることへの“それ”も少し顔を覗かせている。(苦笑)
先ごろ特撮博物館展で披露され、単なる併映かと思われた『巨神兵東京に現る 劇場版』も見終えると
意味シンに思えてくる不思議。
追伸;些細な点だが、将棋で<飛車角落ち>はあるけど<金>を落とすのはないと思うぞ。ここだけは分かった。(笑)
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