『
白雪姫と鏡の女王』
白雪姫といえば、いわずと知れたグリム童話に収録された有名な童話の一つであるが、イメージに強いのはディズニー初の長編アニメーションだろうか。
その印象が強いと戸惑う箇所もある。
新創作するにしても
<あの展開>がないというのでは、もはや別物ということなのだろう。

ぼんやり眺めていたのでは衣装や美術がヴィヴィッドで華麗なコメディというだけで…それはそれで素晴らしいとしても、ストーリー面での物足りなさを感じさせる。
しかし、
そもそも童話なりファンタジーは何らかのメタファーとなっていることが多い。
…とすればこの映画は何を指し示すのか。
フィル・コリンズの愛娘リリー・コリンズ演じる
ゴン太眉毛の白雪姫にまず目が行く。
おそらく鍵はここかと推測。
ウズベキスタンやタジキスタンでは眉が濃くてつながっているのが美人の証だということ。
黒髪でストレート、ターセム・シン監督の生まれはインドということを考えると、もしかしてアジアの象徴なのではなかろうか。オマケに衣装デザインは日本人の石岡瑛子だし(←彼女とのコラボはいつものことだが)。
対するジュリア・ロバーツ演じる意地悪継母は西洋そのもので、国庫が財政破綻しても<足ることを知らず>強欲の限りを尽くすというのはユーロ危機などを象徴しているとも受け取れる。
彼女の美が衰えていくのも<欧米社会の最盛期が過ぎてゆく>ことの表れとも取れなくないし、反旗を翻すのは黒髪だったり背が低かったりとアジア人のイメージなのだ。
その流れで行くと、疑問の残る<あの展開>も“学習したアジアの発言”という解釈もあるのではないか。

想いはラストの歌詞に託される。
しかし継母をジュリア・ロバーツが演じるというのはなんだか時の流れを感じるな。
もしかしたら芝居じゃなくて<地>なのではと思われる我がままぶりは的確。(笑)
出色なのは<七人の小人>だろうか。
登場のシーンにはしてやられた。

惜しくも石岡瑛子の遺作となってしまったが、彼女の衣装デザインは映画を特別なものにしている。
これまたディズニーを意識したのか、音楽に
ディズニー映画常連作曲家アラン・メンケンを起用しているのもアイロニーを感じる…といっては穿ち過ぎだろうか。(笑)
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