『
籠の中の乙女』
昨今の子どもを取り巻く諸問題から親なら我が子を守りたいという思いはあるだろう。
だが時に行き過ぎなケースもあるのではないか。
いくら世の中が不浄で穢れていたとしても”歪んだ無菌室”で育てるのはいかがなものか。
ギリシャ郊外に住む裕福な家庭が舞台。
<何か>があり、不浄な外界と意図的に切り離された家族の話だが、ある種の実験的な怖さが潜む。
どう考えてもリアルには思えないので、メタファーと捕らえるべきなのだろう。
冒頭から登場する一つ一つがことごとく不快にさせる。
この不快さというのは言葉にし辛く、イライラと気持ちを逆撫でされるような気分。
よく
ミヒャエル・ハネケが引き合いに出されるらしいが、「なるほど」と思わせる。
時折、ショッキングなシーンがたびたび登場するので心臓の弱い方はご注意。
しかし『
籠の中の乙女』と邦題はつけられたが、娘だけでなく息子もいるため 不十分ではないか?
原題はDogtooth(犬歯)。
この犬歯がこの家庭の運命を大きく握る。
芝居も構図も平坦に見せ、彼らに感情というものが育っていないのを表現してるかのようだ。
どこまでもイノセンスに育てられた子供たちのゆがみが顕在化するあたりから言いたいことが伝わるような気がする。
崩れるきっかけが<守るべき人物>であるとはなんとも皮肉。
この映画で描かれるのは極端な例だが、どこの家庭であっても大なり小なり<世間の常識>にはないローカル・ルールが存在しよう。
パワハラと考えたら家庭に限った話でもあるまい。
我が胸に手を当ててみることの大切さを訴えているのだろうか。
ともかく<何があった>のか今もって定かではないが、”超個性的”であることは疑う余地はない。
第83回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート
8月18日ロードショー
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