『
少年と自転車』
小さい子どもにとって親の存在は格別。
世界のすべてと言っても過言であるまい。
しかし、不幸にして見放されたとき、すべての希望が消え去ったかに思えたときにいかにすれば良いのか?
子どもを捨てる親の存在…、どんな事情があっても許されるべきではないとは思うが、現実は生易しくはない。
着想の発端は監督が日本人の子どもが施設で来る日も来る日も迎えに来ない父親を待ち続け、やがてドロップアウトして行ったという話を耳にしたからと聞く。
分岐点
人の生き方を左右するのは、もちろん当人の努力も大切だが、周囲の環境も大きな要素。
我々が抱える問題はこの映画に出てくるような不幸な少年の存在以前に、サポートする美容師サマンサのような存在が稀有であるということ。
受け止める大人の大切さはすなわち社会の責任を示すものか。
互いに触れ合うことで繋がる心の交流が見て取れる。
割と一直線で、象徴となるべき<自転車>に今ひとつ奥行きが浅く、細部の甘さが気にならなくもないが、
希望を捨てていないダルデンヌ兄弟の視点に救われる。
無名のキャストを使うことが多いダルデンヌ兄弟の御メガネにかなった少年トマ・ドレの素朴ながら一途さを見せる姿が良い。舞台並みのリハーサルを繰り返すという忍耐強さは、里親となる美容師を演じたセシル・ドゥ・フランスのそれと繋がるようだ。
走る自転車を捕らえた移動ショットがいつまでも脳裏に残る。
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