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2011年04月28日01:31

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国民の映画(KAAT神奈川芸術劇場)

パルコ劇場での公演には手が出なかったけれど、
こちらは大きいし、お手頃価格の三階B席もあるので、
出来て間もないKAAT神奈川芸術劇場にて観劇。
(4月24日、13:00〜16:00)
http://www.kaat.jp/pf/kokumin.html

舞台は1941年、第二次大戦下のドイツ・ベルリン。
主役はナチス高官・宣伝省の大臣ゲッペルス。
映画好きの彼は最高のスタッフとキャストで理想の映画を創ろうともくろみ、
ある夜映画関係者たちを招いてホーム・パーティを開くのだが、
予期せぬ客まで入り込み、不穏な空気が…

場面はずっと同一のワンシチュエーションドラマ。
出入りを繰り返す登場人物の台詞や仕草にくすりと笑わせられながら、
突然突きつけられる事実に息を呑み、慄然とさせられる。
三谷さんらしい見応えたっぷりの舞台。

朝日新聞での連載エッセイはいつも読んでいるから、
この作品についてのあれこれも目にしていたけれど、
期待通り、ゲッペルス役の小日向さんはなんとも可愛らしい。
『風と共に去りぬ』が大好きで、
スカーレット・オハラが降りてくる階段に似ているという理由で、
この屋敷を買ったのだと語るところや、
理想の映画を語る時の、稚気あふれる少年のような微笑ましさ。
足を引きずる動きでさえ、無残というより愛嬌のひとつに思えた。
まことにチャーミングで好感を持たずにはいられない。コヒさんの面目躍如。
だからこそ、この愛すべき人物が…ということに衝撃を受けてしまうのだ。

ゲッペスル夫妻に献身的に仕えるフリッツ役の小林隆さんも圧巻!
主人夫妻や招待客たちからの、矢継ぎ早で気まぐれな命令に対しても、
慌てず騒がず、あくまでも律義に丁寧に、かつ臨機応変にこなしてゆく、
ぴんと背筋の伸びた実直さに感じ入ってしまう。
お人柄がにじみ出るというか、コバさんはこういう役が本当に似合う。
謹厳実直で終始声を荒げることのない彼だからこそ、
最後にゲッペルスを拒絶することに圧倒されてしまうのだ。
その言葉の重み。息の詰まる思い。
最後まで舞台を締める、主役に拮抗するキーパーソン。

一見華やかな映画人たちも、心中さまざまな思惑があり、
水面下でのライバルとの攻防が見え隠れする。
それぞれひと癖ある俳優や監督たちのやりとりのおかしさ。
音楽担当の荻野清子さんが、ピアニスト役で自ら伴奏し、
それにのって役者たちがいきなりひと芝居始めたりするのは自在で良かった。
思えばつい最近観た『日本人のへそ』でも、
やはり作曲家がピアニストとして舞台上で伴奏をしていたけれど、
生の劇伴というのは臨場感があって盛り上がる。

ことに女優ツァラとゲーリング元帥と女性監督レニが共に歌う
劇中歌の『Zucker Zucker』は素敵!
なにせ歌いあげているのはシルビィア・グラブ、白井晃、新妻聖子の面々。
三谷氏作詞、荻野さん作曲のオリジナル曲で、三谷さんのエッセイによれば
”どんなに辛いことがあっても砂糖(Zucker)を舐めれば元気になる”
という内容だとか。
ドイツ語の発音だと”ザッカー ザッカー”に近いのかもしれないが、
歌のサビ部分は♪ズカズカ ズカズカと聞え、ノリやすい可愛い曲だった。
こういう見せ場があると楽しい。
そのぶん急転直下の悲劇がなおさら胸に突き刺さる。

ナチスの時代を扱いながら、意図的に「ヒットラー」という名前も、
「ユダヤ人」という名称も表立っては用いられず、
「あのかた」と「彼ら」という代名詞になっているのは効果的。
そんな中で女優ツァラが不用意に口にしてしまった一言に、
場が一気に凍りついてしまうのだから。
招かれざる客のナチス高官二人、
親衛隊長のヒムラーとゲーリング元帥の名は、
『わが友ヒットラー』でも、ヒットラーが粛清の指令を出す
配下の者として耳にしたけれど、
この作品では、どちらも冷酷な軍人というより、個性的で人間くさい。
カイガラムシは一匹たりとも殺さないヒムラー。
太り肉(じし)で豪放磊落なゲーリング。
そういうひとたちが、あの狂信的な虐殺行為を実行してゆくことの恐ろしさ。
段田さんのヒムラーは滑稽さが際立つ怪演。
白井さんのゲーリングは、下に肉襦袢でも着こんでいるのだろうが、
イメージを覆すような恰幅のよい大男を、気持ち良さそうに演じていた。

それにしても出る人出る人、皆上手くて素晴らしい安定感。
俳優であり監督でもあるヤニングスを演じた風間杜夫さんの、
右往左往ぶりや、最後の決然たる拒否には拍手したくなった。
ファウストのメフィストテレスが当たり役だという
グリュンドゲンス役小林勝也さんの、「恐悦至極」だの「かたじけない」など、
大仰に時代がかった役者っぷりも素晴らしく、
一人立ち位置の違う小説家ケストナーを演じた今井朋彦さんにも惚れ惚れ。
このひとは良い声だなあ。まさしく"声の二枚目”。
美男タイプではないのに、とても素敵に見えてしまう。
遠い席で聴いていても、いや遠ければこそ、
さまざまな良い声のアンサンブルが絶妙に響き合って気持ち良い。

人間のどうしようもない滑稽さ、おかしみ、愚かさを感じ、
そんな人間が陥る狂気の世界に戦慄し、
色々なことを深く考えさせられた。
重い内容ではあるけれど、カーテンコールの皆のストップポーズの可愛らしさ。
演じているひとたちすべてがいとしく感じられる。
まぎれもない傑作。観られて良かった。
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