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2010年02月14日00:29

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小説『樅ノ木は残った』

ドラマ『樅ノ木は残った』の2月20日放映を前に、
原作である山本周五郎の長編小説をようやく読了。
現在新潮文庫でも上・中・下三冊にわたって出ているが、
私は図書館で分厚い単行本(講談社 日本歴史文学館第17巻 1986年刊)を借用。
662頁+付録24頁を通勤時のバッグに毎日入れるのは、いささか大変だったものの、
たいへん読み応えのある作品で、深い感銘を受けた。

なによりもこころに残るのは、やはりこの困難な立場を耐え抜いて、
身を捨石として伊達藩を守った原田甲斐というひとのすごさ。
登場時の甲斐は四十二歳。
柔和で穏やかで、微笑すると白い歯がのぞくというのが印象的。
読み進むにつれ、このひとの本質は一匹狼とも言えるような自然児で、
本当は猟師にでもなって山で暮らしたかったというのが実感できるだけに、
一番関わりたくないような策謀の世界のただなかで、
くるしい役回りを引き受け、孤独な戦いを続けていることに胸打たれる。
それでも決して愚痴は言わない。あくまで端然として事を処してゆく。
これが武士の衿持というものか。

この単行本の巻頭には佐多芳郎氏の手になる口絵があって、
そこには開けた障子窓の向こうの矢竹に目をやりながら、
筆を手にして書き物をしている甲斐の姿が描かれているのだが、
全編を通して、彼は常に「記録」するひとでもある。

「意地や面目を立てとおすことはいさましい、
人の眼にも壮烈にみえるだろう、
しかし、侍の本分というものは堪忍や辛抱の中にある、
生きられる限り生きて御奉公をすることが、
これは侍に限らない、およそ人間の生きかたとはそういうものだ」
(p.539「闇夜の匂い」)

甲斐は最後まで、その生き方を貫き通し、藩の安泰のために罪を被って逝った。
瀕死の状態ながら、久世大和守の言葉、
「伊達家のことは引き受けた。仙台、六十二万石は安泰だぞ」を耳にして、
僅かに白い歯を見せ、微笑を浮かべるようにしてこときれる姿に涙々。
彼は力を尽くして、「狭き門」より入ったのだと思う。
(アンドレ・ジイドの「狭き門」からの連想。
もともとは”狭き門より入れ、滅にいたる門は大きく、
その路は廣く、之より入る者おほし”というイエス・キリストの言葉
<新約聖書マタイ福音書第7章第13節>)

読み終えてまもなく、ドラマの公式サイトがオープンした。
http://www.tv-asahi.co.jp/mominoki/index.html
読み込んだあとだけに、短い予告編の映像でも、
どういう状況のどういう場面かはよくわかるけれど、
まだ物語世界の余韻にひたっているところだったので、
自分でふくらませたイメージとちょっと違うなあ、というのが正直なところ。

なにしろ甲斐も、仇役である伊達兵部も、
実際の黒幕である酒井雅楽頭(うたのかみ)も、本当は皆四十代なのである。
時代劇の常とはいえ、皆さんかなりお年だなあと思う。
田村正和さんは実年齢よりお若いイメージではあるものの、
壮年の男盛りを思わせるのは無理があるし、
甲斐とこころを通わせる宇乃役の井上真央さんも、
申し訳ないのだが、原作のなんともいえない神秘性にはほど遠い。

彼女は物語冒頭で惨殺される家臣の娘で、登場時は十三歳。
しかしとても大人びて落ち着いており、
ものの本質にすうっと感応するような少女。
だからこそ理屈でなく、甲斐のこころが分り、共振するのだろう。
この不思議な結びつきには、『ジェイン・エア』の有名な場面を思い出した。
どうも海外文学ばかり連想してしまうのだが、
実際この作品には海外ミステリの手法なども取り入れられていて
(悪役側の会話が挿入される「断章」など)、斬新な感じを受けた。

身びいきのようだが、山本耕史くんの七十郎は
原作に添ったイメージのようで、なかなか良いのではないかと思う。
闊達で磊落で、ある意味「人たらし」な懐っこさを持つ魅力的な若者。
武芸にすぐれ、酒を好み、野性的なカンが鋭く、
「乱暴者ではあるが軽率ではない」男。
本来伊達家の家臣ではないのに、彼なりの正義感により兵部暗殺を企て、
志を遂げずして捉えられてしまう。

ひとつところに居つかぬ彼は、江戸と仙台ばかりでなく、京へものぼるし、
長崎までも足を延ばし、若君毒殺の手配の裏をとったりしていて、
汗やほこりにまみれ、笠を手にして登場することが多いのだが、
知り合いの邸には自分の家のようにひょいっとあがりこんで
湯をつかい、酒を所望したりする。

予告編で「あなたは変わった」と甲斐に言う場面は、原作でも印象的なところ。
原作のここでは、登場時にすでに酔っている。(p.264「手裏のもの」)
着物の衿ははだかり、袴も裾がひきずるほど着崩れ、
片手をはだけた衿からふところに入れ、片方の手に満開の八重桜の枝を持ち、
ふらふらしながら「酒をもらえませんか」と縁側からあがりこむのだが、
でかける間際の甲斐にむかって、唄などひとふしうたったあげく、
からむように彼の変節(実際にはこれは芝居なのだが)をなじるのだ。
持ってきた桜を壺に挿し、「亭主がおでかけになったら、この花と飲む」
と拗ねるように言う姿は稚気あふれていていとおしい。

まあ、予告編ではそんなに乱れた姿ではなかったし、
ドラマではどこまで描かれるのか分らないけれど、
七十郎は本当に良い役だと思うし、期待している。
しかしながら我が家にまだテレビは来ていないので、
リアルタイムで見られるかどうかは分らない。
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