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2009年08月01日23:08

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「陽炎の辻3」第十ニ回<惜別>(7月25日)

*演出 周山誠弘

<原作出典とオリジナル部分>
いよいよ足かけ6年になる深川暮らしに別れを告げる磐音。
「惜別」というタイトル通り、いかにもシリーズ終盤を思わせる、
宮戸川や今津屋などへの別れのご挨拶の回。
第四の刺客・河西勝助との勝負がこれに絡む。

・磐音が6年つとめた宮戸川を辞し、自らの包丁を幸吉に託すのは、
原作第二十巻『野分ノ灘』第一章「紅薊の刺客」。

・縫箔職人として修業中のおそめを訪ね、身辺の変化を報告。
彼女の並々ならぬ決意を目の当たりにするのは
同巻第三章「一郎太の蟄居」。

・関前に発つ前に、おこんともども今津屋の仏壇に手を合わせ、
亡くなったお内儀お艶のことを偲ぶのは、同巻第四章「二つの長持ち」。

・状況もメンバーも少し違うが、女たちが寄り集まって
宮戸川の蒲焼を食すのは、第二十五巻『白桐ノ夢』第三章「武佐衛門の哀しみ」

・刺客・河西勝助が磐音に挑み、おこんが見守る中で磐音が相手を下すのは、
第二十四巻『朧夜ノ桜』

・お佐紀の姉であるお香奈のその後や、霧子が河西と接触するくだりは
ドラマのオリジナル。

<深川への別れ>
今回は深川暮らしへの別れのご挨拶といった感あり。
ドラマも残すところあと二回だということを否応なしに感じさせられた。
宮戸川や金兵衛長屋、今津屋など、それぞれの場所で来し方を振り返り、
別れを告げてゆく。回想場面のなんと多かったこと。

誰も居ない調理場で丁寧に包丁を包み、あたりを見回す磐音の姿に、
決して短くはない年月を思い、なんだかじーんとしてしまう。
窓格子の影。思えばこの店の場面は、いつも早朝のあかるいひかりの中だった。
そのあとの、畏まった鉄五郎親方と松吉との別れの対面。
親方もやや涙声だが、松吉が見るも危ういようなそりかえった格好で
ふんばっているのは、今にも泣きそうなのをこらえているのだろう。
「俺たちのこと、忘れねぇでくれよ、浪人さん」の台詞が胸に迫る。
「おいらは嫌だ」としょんぼりする幸吉はやっぱり子どもだな。

挿入される第1シリーズの回想場面に目を見張る。
幸吉、今よりずいぶん幼い!子どもとはいえ成長したんだなあ。
磐音の髪型が少し異なっているのもなつかしい。
二人並んで緑いっぱいの川辺をゆく絵は牧歌的で綺麗だった。
「そなたはいつまでもそれがしの江戸暮らしの師匠。
いついかなる時も忘れはしません」という丁寧な挨拶のあと、
大事に使ってきた包丁を彼に手渡す。撫でさするが如き柔らかな笑顔で。
「今日からお前が坂崎さんの跡継ぎだ」と親方に言われて、
嬉しそうに笑う笑顔の愛らしさにほっとした。

縫箔の職人となるべく必死に修行中のおそめとのやりとりは、
原作通り彼女の健気さに胸が熱くなったけれど、
ここでも、第1シリーズの彼女と見比べて、
なんと美人さんに成長してきたことかと感慨もひとしお。

長屋連中とは湯屋で裸の懇親の集いという趣向も気が利いているが、
番台を守るおしまさんのやや子騒動が、
結局は食当たりだったというオチで、最後まで賑やか。

そして最後、今津屋の奥の間の仏壇に手を合わせ、
心のうちで今までの恩義に礼を述べ、
関前に発つことを報告する磐音とおこん。
吉右衛門、お佐紀、由蔵三人の、万感をこめた顔。
最もこたえているのはおこんに思い入れのある由蔵さんのようだ。
磐音とおこん、二人揃って頭を下げるお辞儀がうつくしい。

ああ、終わってしまうんだなあ。
たとえ磐音の物語は続こうとも、ここを離れて帰ってくる時は、
彼はもう「坂崎磐音」ではなく「佐々木磐音」となるのだ。
金兵衛長屋に日々暮らすわけでもなく、地蔵湯にも遠のくはず。
いつまでもここに留まることはできないのだけれど、
深川暮らしにピリオドが打たれることは、本当にさみしい。

<霧子の片思い>
フェンシングのような片手づかいの打ち込み、足払い、側転、跳躍など、
佐々木道場場面の定番となった、磐音と霧子の激しい稽古。
剣術というよりは格闘技に近いものがあるけれど、
この場の霧子は真剣そのもの。すべてを賭けているような。
思えば磐音と面とむかって対峙できるのは、この時をおいてないだろう。

そのあと上達したのを褒められて「ありがとうございます!」と
にっこり笑う顔を見ると、彼女の気持ちが痛いほど分かる。
高いトーン。可愛らしい声。恋する乙女そのもの。
最初の頃は声すら出さず、否応も首を振るだけがせいぜいだったのに、
彼女がこんなに白い歯を見せるなんて。目をきらきらさせるなんて。

それだけに、磐音がおこんと共に関前に行くこと、
戻ってきたら祝言をあげてここで暮らすことを玲圓に告げられるのは、
見ていてはらはらしてしまう。
彼女にとっては青天の霹靂。衝撃は如何ばかり。
「その折は霧子には世話になる。よろしく頼む」と磐音の追い打ち。
残酷だなあ。霧子のそぶりを見ていて、先生も磐音も気づかないのかしら。
剣の道を極めてはいるものの、男女の機微には恬淡としすぎている二人。
この師弟はよく似ていると思う。霧子も可哀想に。
それでなくとも、彼女は自分の身を律することに慣れすぎている。

原作の霧子はもう少し幼いが、ドラマではお年頃。
自分を救いだしてくれた磐音は圧倒的に強く、しかもやさしく礼儀正しく、
その上うつくしいひと。好きになるのは無理からぬことだろう。
夜、長屋にまで出向いたのは、胸のうちを伝えたかったのかもしれない。
そこにあらわれた刺客・河西勝助に、磐音を守りたい一心で挑むが、
気を失っても、痛みを抑えて帰ってゆくのが痛々しい。
その後も影ながら磐音の警護。いじらしくてたまらない。
良い子なのに。本当に健気なのに。
ついつい彼女に思い入れて見てしまう。片思いはくるしいもの。

<おそめの思い>
宮戸川をやめ、長屋を引き払うことをおそめに知らせにきた磐音。
ほぼ原作通りのおそめの一途さが描かれつつも、今回見ていてはっとしたのは、
もしかしたら彼女も磐音を想っていたのかもしれない、と感じられたこと。
原作のおそめは、この場面で仕事しか頭にないような
険しい表情で出てくるのだが、ここでは訪ねてきた磐音を見て
「坂崎さま!」と目を輝かせる。
磐音が深川を去ることを聞いて見開かれた大きな瞳を見ていると、
抑えながらも感情が激しく動いていることが分る。

「おこんさんと所帯を持たれるんですね」と念を押し、
おこんを連れて一度関前に戻ってくると聞かされたあと、
「そうですか…」と間があくのは、
いささかショックを受けているようにも思えた。
きちんと行儀作法を身につけたはずの彼女が、
祝いの言葉も口にしないまま黙っているのは、よほどのこと。
このリアクションは、さきの霧子の反応と似ているのだ。

彼女の脳裏に走馬灯のように駆け巡る磐音との思い出。
宮戸川で土下座までして、磐音を雇ってもらおうとした時、
「もう良いのです」と穏やかな笑顔の磐音になぐさめられたこと。
「職人になりたいんです。なれるでしょうか」と悩みを打ち明けた時、
「なりたいという気持ちを持ち続けていれば、必ずや夢はかなうはずです」
と励まされたこと。
この時の磐音の言葉は、おそめの心のよりどころであったはず。

原作では自分に寄せる幸吉の思いを分っているおそめだけれど、
ドラマの幸吉くんでは幼すぎて、
花開くように成長した彼女とはとても釣り合いがとれそうにない。
もう立派に娘らしくなった姿を見ると、磐音を慕うほうが自然に思える。

外出するのを断るのは、もしかしたら磐音と二人対峙することに、
動揺してしまうせいもあったのかもしれないが、
原作にもある通りの、親方への断りはいじらしい。
「私だけそんなわがままをするわけにはいきません」
「お言葉を返すようですが、私は親方に無理を言って
弟子にしていただだいた身の上です。甘えることはできません」
並々ならぬ覚悟のほどが思われて胸を打たれる。
いまどきの若者たちに爪の垢を煎じて飲ませたい。
彼女が磐音に託した、お佐紀とおこんへの贈り物は、
自らが手がけた可愛い匂い袋。
まことに健気でヒロインとしての華も十分。
彼女のこれからがもっと見てみたい。

<お内儀さまとおこん>
このところお佐紀さまはすっかり落ち着き、娘時代とは別人のよう。
気配りも細やかで、申し分のないお内儀振り。
衣装や髪型の工夫もあろうけれど、風格が出てきたように思える。
それこそさきのお艶さんが乗り移ったのではないかと思うほどだったが、
久々に回想場面でお艶が出てきて比較すると、
やはりお佐紀はまだまだ若いのだなあと感じた。

おこんは二代のお内儀さまに仕えたことになる。
最初のお内儀であるお艶はもちろんおこんより年上で、
やさしい姉のような存在だったことだろう。
お艶の呼びかけは「おこん」と敬称なしが当たり前だったが、
おこんより年下で、今津屋のあれこれについてはおこんより新米でもある
お佐紀は必ず「おこんさん」と「さん」付け。
こちらはよく出来た妹分というところだろうか。
おこんにとっては、自分が支えなければならない大切な存在。

だからこその発言だろうが、お佐紀が心労から体調を崩した時、
「このような時にお店をやめて、関前に行ったりしていいのでしょうか」
と磐音もいる前で言うのには、ぎょっとしてしまった。
磐音がそれを聞いたら遠慮するのは火を見るより明らかなのに。
おこんが行かなかったら照埜さまは激怒するだろうし、
磐音の立場だってないのに。まだそんなことを言ってるのかとやきもき。
吉右衛門や由蔵さんがいささか強い口調でたしなめてくれてほっとした。

原作ではお香奈たちの行方は杳として知れぬままだが、
肉親として常に気にかかるのは当然の話で、ここではお香奈から便りが届き、
幸せそうな暮らしが分って、良かった良かった。
それにしても名のある家の嫁となるのは大変だなあ。
必ず跡継ぎとなる男児を挙げねばそしられてしまうし、
そのプレッシャーはいかばかり。
病に倒れたお艶だって、そのストレスが影響していたのかもしれず、
今も腹のやや子を「必ずや男の子」と期待されているお佐紀。
彼女は若いし、心にかかる心配事も既に消えたので大丈夫でしょうが、
現代ならセクハラとなる台詞の数々に、つくづく女性の大変さを感じた。

<女たちの本音>
お佐紀の言葉からとんとん拍子に決まった「宮戸川の鰻を食べる会」。
今津屋に集まった女性陣は、おこん、勢津、幾代、お有、お佐紀の五人。
原作とはメンバーが多少違うけれど、五人五様の食べっぷりが楽しかった。
美味しさにうっとり、のそれぞれの表情。

女三人寄れば姦しいというくらいなのに、五人も居ると本音トーク炸裂。
このあたりは、スピンオフドラマのプチかげふう。
勢津さんはドラマのほうが登場回数が多く、たくましいイメージ。
「男というものは、手綱をぎゅっと握っておかなければ、
あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、腰が定まらないものです」
という台詞は、あの武左衛門の妻ならではのもの。
ひとごとにして笑っているおこんに対して、
「坂崎様とて男なのです。甘い顔ばかりしていては、とんでもない目にあいますよ」
と釘をさすのがすごい。

襖の陰でひっそり立ち聞きしていた由蔵さんの、
「触らぬ神に祟りなし。鶴亀鶴亀…」の退散ぶりが笑える。

<四人目の刺客・河西勝助>
長屋の磐音の部屋の前で、霧子と鉢合わせする河西勝助。
いかにも質実剛健といった体の初老の剣客。
打ちかかってくる霧子のさばき方にしても、戦い慣れた様子が見える。

磐音たちが関前に旅立つ前日に、再び橋の上に姿を現す河西。
「武芸者として、そなたのような御仁と立ち合えるなら死んでも本望」
という台詞の生真面目さ。
恨みも何もない、こうした求道的な剣客に対する磐音は、
諦観を持ってのぞむしかない。

場所を変え、風吹きすさぶ野で対峙する二人。
沈む夕日で一面朱に染まり、びょうびょうと風の音がする中で、
やや傾いた構図や、ゆっくりした切り返しで二人を見せるのは、
なんだか「荒野の決闘」という趣だった。
緊迫感あふれる無言のままの対決。
にらみ合いが長く続き、柄に手を掛けてからの動きは一瞬。
スローモーション。刀と刀の当たる、キーンという響き。
一撃で相手の足を斬る磐音。河西の驚いたような顔。見つめるおこんと霧子。

がくりと膝をつき、
「見事な腕前。感服つかまつった」と、あくまで礼儀正しく、
「この足ではもはや剣を捨てるしかあるまい」
とよろめきながら去ってゆくのが哀しい。
おそらく武芸ひとすじであったろうに、他に何が出来るのだろう。
無骨な老武芸者の最後が哀れだった。

演ずるは大ベテランの有川博(ありかわひろし)さん。
劇団円のご所属で、TVドラマのご出演も時代物ほか数多い。
沖田総司を演じられたことも。
http://talent.yahoo.co.jp/pf/profile/pp8432

<細々雑感>
・冒頭、身分の高い速水様に対する緊張で、がちがちの金兵衛さん。
羽織袴の正装に、「へへえっ!」とまさに平伏といった感じのお辞儀は、
気の毒になってくる。

・にしても、おこん。
速水様の前でムキになって「お父っつぁん!」は失礼千万。
またしても「(はっ!)」と後から気付き、
「失礼しました!」と頭下げても遅すぎです。

・おこんがお佐紀の髪を梳いている場面は、
グルッポーグルッポーと鳴く鳩の声がのどかで、
しみじみと胸に残る。
髪を整えてあげるというしぐさは情がこもって良いなあ。

・長屋のへぼ将棋。今回は柳次郎と金兵衛。
金将の駒で「はい、詰みました」と言われた金兵衛さんが、
「あー?!金兵衛、金にさされたり〜」と見得を切るのが可愛い。

・お佐紀へは白地に桜、おこんへは朱地に白百合。
とても女の子らしい可愛らしい図案。
おそめちゃん、良い仕事をしてますね。
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