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2009年06月08日01:43

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愛を読むひと

よみうりホールでの試写会(6月2日 18:30〜)に当選したので、
劇場公開より一足早く鑑賞。
http://www.aiyomu.com/

ベストセラーとなった原作「朗読者」(ベルンハルト・シュリンク著)
http://www.shinchosha.co.jp/book/200711/は、出てすぐに読んで
深く感動したので、映画は気になっていた。
少年と、母親と言ってもおかしくないほど年上の女性との恋。
二人を遠ざけ、また結び付けた過酷な運命。
読んだのはもう9年も前だけれど、映画を見ていると、
その時に感じたときめきや驚き、ずっしりと重い充実感、
心の奥へ分け入るような臨場感を次々と思い出した。
殆ど原作に忠実で、映画的な見せ場もよく考えられた繊細な作品だと思う。

唯一残念なのは、台詞が全編英語で通されているということ! 
冒頭、体調を崩した少年の近くを偶然通りかかった彼女が、
いささか荒っぽく思えるほどきびきびと介抱してくれるところで、
「大丈夫?」と聞くのが「All right?」になっていて、軽くショックを受けた。
ドイツを舞台としたドイツ人の物語で、しかも戦争の歴史と密接にからんでくるから、
当然ドイツ語だと思い込んでいたのだけれど、
考えてみれば主演のケイト・ウィンスレットも監督もドイツ人ではないのだし、
英語のほうが世界的なマーケットに対応しやすいのかもしれない。

でもこれは何より「言葉」というものが大事なキーになるお話だというのに、
固有名詞がことごとく英語読みになるのはいただけない。
ことに語り部の少年は原作本では「ミヒャエル」なのに、
「マイケル」と呼ばれてしまうのが耐え難い。
スペルは同じでも、英語発音だとこうなってしまうのだ。
でも響きが全然違うし、イメージまで違うように思える。
ドイツ語の硬質で重みのある音で聞きたかった。

でもその点だけを除けば、役者たちも演出も皆々良かった。
ケイト・ウィンスレットの非常に意志的で、
毅然と顔をあげているような造詣は、ヒロインのハンナにぴったり。
出会いの15歳から20代の大学生までを演じたデヴィッド・クロスは、
本当にナイーブで、その心情にぴったりと寄り添う気持ちで見た。
中年以降を演じたレイフ・ファインズも、見事に同一人物としてつながっていた。
監督は、佳品『リトル・ダンサー』(原題『Billy Elliot』) のスティーヴン・ダルドリー。
少年の繊細な心理を丁寧にとらえているのはさすが。

少年が初めての関係を持ったあと、家族みんなで囲む食卓で、
まわりの肉親たちのたてる食事の音や、
体のパーツが妙に生々しく迫ってくるような感覚や、
学校でも、ガキのままの同級生のなかで、
ひとり大人のように見下ろしている雰囲気は、非常によく分かった。
そしてこの物語の核となる、ベッドのなかでの朗読場面は素晴らしい。
いっしんに聴き入る聞き手のために、ひとり何役の役者のように、
声色を変えて次々と読んでゆく少年。
体を重ねる行為と同じくらい、ある意味それよりも官能的な、
二人が一体化する愉悦の時。ベッドの中の劇場。
レッシングを、チェホフを、ロレンスを読みすすめる一方で、
漫画のタンタンの冒険などを読み聞かせている微笑ましさ!
ひとときの幸せな恋のきらめき。
自転車旅行の晴れやかな景色などは、映像ならではの醍醐味で、いとしい時間だった。

展開が分かってはいても、やはり彼女の結末はかなしい。
異常事態である戦争中の罪を断じるというのは、
どの国においても不公平で、末端の人に罪をなすりつけがちなのだろう。
ましてやハンナには、明かしたくない特別な事情があった。
でもそれを明かしたくないというのは彼女の意思であり、
それを突き通すのは痛ましいけれど、高潔とさえ感じられる。
でも、もっと早く気持ちの転換が訪れていたら、
二人の出会いのタイミングが違う時だったら、
とさまざまに思わずにはいられない。
それでもこの重みのある物語は、ギリシャ悲劇のように心を深く打つ。
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