*演出 本木一博（両回とも）
この第五〜第六回は、家基との出会い、雑賀衆との本格的な戦いの始まり、
一方で奈緒とおこんの出会いと交流を描いて、はっきりと前・後編仕立て。
登場人物も場面設定も、二回分で一挿話として綺麗におさまっているし、
まとめてレビューすることにした。
＜原作出典＞
・メインエピソードは、将軍のお世継ぎである若き家基との出会いと、
襲い来る雑賀衆たちとの戦いで、第十四巻『夏燕ノ道』を基としている。
この巻は長い日光道中を描いているので、御鷹場は近在の目黒に替えるなど、
色々アレンジしてあるが、基本的な流れは原作に忠実。
第五回は第三章「若武者と隼」。
第六回は第四章「思川の刺客」第五章「女狐おてん」。
・おこんが磐音の身支度を整え、自らの頭に差していた櫛で彼の髪を梳くのは
第二章「出立前夜」にちらりと出てくるけれど、ごく簡単な扱い。
ドラマでは実に情緒あふれる場面になっていて良かった。
・奈緒とおこんの出会いは、ドラマだけのオリジナル。
＜家基さま＞
お待ち申しておりました、英邁なる若君。
演ずるは二代目中村錦之助丈のご長男である中村隼人くん。
http://www.actors.or.jp/meikan/members/actors/a1145_hayato.html
ロケ見学も一部拝見して、楽しみに待っていたのだが、
期待にたがわず、まことに初々しい高貴の若君だった。
伝統芸能の家の御曹司の品をまざまざと感じる15歳。
台詞はさすがに慣れていないだけに、ちょっと浮いた感じではらはらしたが、
それを補って余りあるほど、品位あふれる佇まいが素晴らしい。
良いのです、台詞が多少浮いてるくらい。
もともと庶民とは口調が違っていて当然ですから（贔屓目）。
初対面から、若君が磐音に強く惹かれていくのがよく分かる。
言葉少ない磐音ながら、その発する魅力を即座に感じ取ったのだろう。
おそらく城中にこんな人物はいないに違いない。
身の上話を聞くにつけ、その無我の食事や見事な剣を見るにつけ、
磐音への驚き、憧れ、同情、慕わしさが募るのが手に取るよう。
社で雑賀衆たちに襲われた際、打ち払う磐音の姿を見つめる瞳のきらめき。
帰城を促す玲圓に対し、「坂崎ともう少し語り合いたい。一晩で良い」
と必死に言うのを聞いて、ちょっとどきっとしてしまった。
若様、「恋に落ちた」のですねと言いたくなるほど。
鷹場で磐音とともにごろっと横たわって、空を眺めている俯瞰図も、
本当に幸せそうで、やはり恋する乙女的。こちらまでどぎまぎ。
「磐音、どうする」と霧子の処置を尋ね、
「磐音もそう申しておったではないか」と霧子をたしなめ、
「磐音も力を貸す。のう磐音」と同意を得ようとする。
この全幅の信頼はすごいなあ。でも見ていれば納得出来る。
それだけ素晴らしい磐音であり、それを十二分に感じている若君なのだ。
素直で利発で自ずからなる威があるだけではない。
雑賀衆襲撃のあと、真っ先に「大事無いか、三枝、五木！」と
お付きの者たちの側に寄って行くし、
捕らえた霧子の様子を気にして、
「生きるためには食え。生きて己の道を見つけよ」と言葉をかけるし、
迷いながらも元の仲間を裏切り、磐音を助けた彼女に、
黙って手を差し伸べる。なんと情に篤い若君だろう。
これでこそ、磐音が「一命を賭して」守るべきキーパーソン。
＜おこんとの愛＞
今シリーズでは、もう二人の気持ちに迷いはなく、
しっかり結ばれていることを随所に感じるけれど、
磐音とおこんの、言葉の外にある思いの深さがしみじみと胸に染みた。
速水左近に請われ、公方様お世継ぎである家基さまをお守りするために、
出かけることを告げる磐音。
「あぶない御用なんですか？」と問うおこんの緊張と不安。
「いいえ」と磐音は返すけれど、おこんの不安は消えない。
「おこんさん」と重ねて言葉をかける磐音の口角が、笑むかたちにきゅっと上がる。
もちろん危険を伴う大変なお役目。それはもう分かっていること。
それでも笑顔でおこんの気持ちを落ち着かせようとする。
彼女もその意図を汲んで、やっと笑顔で「わかりました」と応える。
そのあとも、彼はおこんをその顔のまま見つめる。
その目で、その表情で、相手をやさしく撫でるように。
さらに奈緒のことを告げ、
「留守中何かあったら、おこんさんの裁量でよしなに」と頼む。
「坂崎磐音の伴侶になるものとしてでござる」という言葉は、
おこんには本当に嬉しかっただろう。
出立の日の朝、水垢離で身を清めた磐音のもとに、
自ら縫った新しい袴と羽織、お弁当まで整えて訪れるおこん。
天晴れ世話女房。
健気に振る舞ってはいても、顔を見ればあふれてくる想い。
黙ったまま自分の頭の櫛を取り、磐音の髪を梳いてやるおこん。
「かたじけない」とだけ言って受ける磐音。手前で揺らぐ蝋燭の炎。
つい抑えかね、肩に頬を寄せながら口をついて出る
「必ず、必ず、こんの元に帰ってきてくださいまし」の台詞。
「はい」と静かに肩越しに彼女の手に触れる磐音。
いつもはぽんぽんと言いたい放題のようなおこんなのに、
なんと静かで情のこもったラヴシーン。歌舞伎のクドキのよう。
まかり間違えば命がないお役目。お互い分かっているからこそ切ない。
続くお百度を踏む場面では、おこんの一心な祈りに胸が熱くなる。
おてんに短筒で狙われた時、磐音の胸をよぎるのは彼女のこと。
「伴侶」という明確な言葉といい、
磐音がおこんを大切に思う気持ちがはっきりと出た。
第六回の最後、ようやく帰ってきた磐音を迎える彼女の、
「お戻りなさいまし」の台詞に込められた万感の思い。
留守中の奈緒のことを聞き、「ありがとう」と言う磐音の笑みの深さ。
おこんの表情もふわっと解けて、彼に寄り添う。
庭の紅椿の脇で、しっとりと抱き合う二人の綺麗なこと。
二人が実際に契りを結ぶ第十七巻『紅椿ノ谷』を彷彿とさせてとても良かった。
＜奈緒＞
奈緒が前田屋蔵之助と共に出羽に旅立って第二シリーズが終ったあと、
よもや彼女の姿をもう一度拝めるとは思いもよらなかった。
彼女とおこんが出会って交流するというのは、
ドラマのオリジナルストーリーだが、原作での無念やいたたまれなさに
決着がつけられたような気がする。この脚本には心から感謝したい。
初対面のまま、長屋の住人のおしゃべりによっておこんと磐音との間柄を
知ってしまう展開には胆を冷やしたけれど、なかなか上手いやり方。
数奇な運命によって別れざるを得なかった磐音が、
伴侶として選んだ女性を間近に見て、その人柄に触れて、
奈緒自身も気持ちに納まりがついたろう。
磐音が小林琴平、河出慎之介、舞の三人の位牌を大事にしていたこと、
つましい長屋暮らしをしていたこと、
その彼が生計の糧にしていた鰻割きの仕事のことを知り、
宮戸川の蒲焼まで食すことが出来て、本当に良かった。
奈緒はやはり磐音に似ているのだと思う。
おっとりとたおやかで、でも芯はつよい。
言葉少なく控えめで、よく状況を判断し相手の気持ちを思いやる。
周りに配慮するあまり、自分の気持ちを抑えてしまうところも。
何事もなく二人が一緒になっていたら、
さぞ穏やかなお雛様のような夫婦となっていたことだろうが、
磐音にとって自分にはないものを持っているおこんは、
新鮮な魅力だったのかもしれない。
おこんと奈緒が対峙しているとその違いがくっきりと際立つ。
その性格も見た目の印象も。
気を使いながらも、つい気持ちが先走ってしまうおこんが、
はっと失言に気付いても「お優しいんですね」と微笑む。
やわらかい物腰だなあと感じ入る。
二人で蒲焼を食べるところでも、箸の使い方の上品さ、
片手で受けるそぶりのうつくしさに目が吸い寄せられた。
しゃきっとしたおこんの絣に対し、薄紫の地に花柄の柔らかもの。
登場時の紫のお高祖頭巾も白い顔を引き立たせ、
帯のかんざし模様も心憎いばかり。
衣裳さんも奈緒のイメージを大切につくっているのがよく分かって嬉しい。
それにしても紅花のことで前田屋が苦境に立たされる
第二十六巻『紅花ノ邨』を思わせるような台詞のわりに、
前田屋蔵之助の顔も見せず、あっさりと去って行ったのは気になる。
描くにはそれなりに時間のかかる話だと思うし、
ガイドブックで今後の展開を見ても、途中で差し挟む余裕があるとは思えない。
番外編などで再びドラマ化か映画化される伏線か。
＜雑賀衆＞
初回の最後に姿を見せて以来、磐音の背後にちらちらと現れていた雑賀衆が、
ようやく全面的に登場。
老中・田沼意次のたくらむ家基暗殺に命運をかけて挑む彼らにとって、
家基を警護する磐音はその最大の敵。ついに戦いの火蓋が切られたのだ。
知らせの音を聞いて、山から谷から地下の姿でわらわらと集結してくる場面は、
不思議な臨場感があって良かった。
・雑賀泰造（さいかたいぞう）＠竹内力（たけうちりき）
http://www.rikitakeuchi.com/actor/actor_a_riki.php?p=0
大変なインパクトの悪の頭領。怪物的というか猛獣というか、
襲撃場面で身動きの度に聞こえる効果音は、獣のうなり声のよう。
長身にふさわしい大刀で、ばったばったとなぎ倒してゆくさまは迫力充分。
大きく口をゆがめたり、ぴくぴくと眉を上下させたり、
文楽の頭や歌舞伎の見得のような顔面芸。
ここまであからさまにやってくれると、いっそ愛嬌が感じられる。
黒陣羽織の背中のマークは八咫烏（やたがらす）だろうか。
カラスは雑賀衆のシンボルなのか。
・辰見喰助（たつみくいすけ）＠魔裟斗（まさと）
http://profile.ameba.jp/masato/
原作の「七尺組頭」とはだいぶ違う男前。
台詞はやや一本調子だったけれど、
さすがきびきびとした動きで、磐音との殺陣は見応えがあった。
なるほど、ドラマでは彼がおてんのいいひとだったのか。
小説のほうだと彼女は雑賀泰造の情婦なのだが、
このドラマの雑賀はあまりに怪物的で、色恋沙汰は関係ない気がするし、
なかなか清新なカップルでお似合いと思えただけに、
彼を失ったおてんが復讐に燃えるのも納得。
・おてん＠蒲生麻由（がもうまゆ）
http://www.stardust.co.jp/section3/profile/gamomayu.html
まだまだ幼さを残す霧子に対し、クールな大人の女を感じさせるが、
倒された喰助を抱きかかえて慟哭する姿は一途だった。
華のある美人さんだし、これからも楽しみ。
＜霧子＞
「この戦に勝てば本当に日の目を見るのか？」
雑賀衆が世に打って出る好機と前のめりになっている一団のなかで、
ただ一人疑問を口にする霧子は漠然と何かを感じ、考えている。
雑賀衆から外れ、磐音たちの側につくことも、
すでに彼女のなかに揺らぎがあったからこそなのだろう。
それにしても良い役だと思う。
やられた仲間を弔い、花を供えて手を合わせるいじらしさ。
磐音とやりあう殺陣の見せ場。
打ち身をくらって気を失い、磐音に軽々とかかえられるのは、
磐音ファンにとってかなり羨ましい図。
捕らえられ、縛められていても戦う心と自負心は失せないけれど、
「何をおめおめと生きておる！」と喰助に罵倒されて伏せる目は痛ましい。
このひたむきな少女が、磐音と出会ったことによって違う世界へ歩み出す。
「命を粗末にしてはならぬ。
このままではお前が弔っていた仲間と同じ道を辿ることになる」
という磐音の語りかけ。
「だとしてもそうするしか生きる術はない」と反発する彼女に、
「他にも生きる道はある」と言う磐音の言葉の深み。
そんなことを言われたのは生まれて初めてだろう。
はっとばかりに顔を上げる霧子。
おてんに逆らって彼を助けるのは、いささか唐突に見えるかもしれないが、
彼女を助けた磐音の存在が、世界を変えてしまったのは当然。
演ずる佃井皆美（つくいみなみ）さん、新鮮。
http://www.japanactionenterprise.com/jaeact/tsukui.html
ロケ見学で接した、いつもにこにこの素顔と違い、
笑顔を封印して、生硬で一途な霧子となっていた。
＜本木演出のカメラワーク＞
第四回の「夢いちず」から本木一博さんの演出が続いているが、
改めて感じるのは、カメラが実に臨場感あふれる動きをすること。
見る側の心情に添うように、登場人物に向かってすうーっと迫る。
自在にパンし、そこからズームアップするわくわく感。
たとえば第五回の冒頭の橋の上のおこんと磐音、
長屋の井戸端で水をかぶる磐音など、ぐんぐんと寄って行く。
ほとんど常に動いているのだ。おかげでどきどき感も倍増。
第六回のおこんと奈緒が別れを告げる橋の場面で、
カメラがふーっと引いてロングになっていくのも綺麗。
また、雑賀衆が走ってゆく場面などのスローモーションも効果的。
奈緒が別れ際におこんの手を取るところも、わずかにスローで心に残る。
磐音の「峰返し」場面も、波動を出さず逆光のひかりで見せるのが好ましい。
全体的にこの方の演出は好きです。
＜細々雑感＞
第五回）
・おこんの夢オチだった、磐音と奈緒が並んで行ってしまうところ。
やや目を細めるような、煙ったような顔付きの磐音。
いつもながら微妙な表情が上手いなあ。
家基さまの警護のことを、おこんにどう話そうかと、
今津屋に入る前に思案する目の動きも良い。目千両の役者。
・佐々木道場の門前で、やってくる磐音の姿を認め、
「坂崎さん！」と揃って頭を下げる門弟たち。
磐音が敬われていることが感じられて嬉しい。
・家基さまは隼に「はやて」と名づけているのですね。
原作では特に名はなく、単に「隼」と言っているのだけれど、
「はやて」と「はやと」って語感が似ているなあ。
演じているのが隼人くんであるだけに、なんとなく微笑ましい。
・「坂崎、近う寄って面をあげよ」とのお言葉ながら、
磐音、本当に一気にずずっと家基さまのお側へ。
いくら何でも近づきすぎなのでは。
あまりにストレートな遠慮のなさにびっくり。
・おまけにまたしても無我の境地の食事姿。
あっけにとられる家基さま。
食べるもの以外何も見えず、何も聞こえてないのだから、
ここで襲われたら完全にアウト。警護の役なのに良いのか？
食べ終わってから襲ってくる雑賀衆は律儀と言うべき。
・鷹場までの道筋を行く場面、長い松の影が縞模様をつくってうつくしい。
目黒は鷹場としては有名で、落語「目黒のさんま」も鷹狩に出かけた殿様のお噺。
駒場野や龍泉寺（目黒不動）辺りがよく使われたそうだが、
ドラマに出てくる瑞光寺の名は、江戸切絵図には見当たらないようだ。
・「風に吹かれ、行く雲を眺め、流れる水の行方に思いを馳せるのも、
旅の楽しみの一つ」と言いながら、磐音が家基と寝転ぶ場面は
ほのぼのと気持ち良かった。
当初、日光道中が描かれないのを残念に思っていたのだが、
実際に見てみると、わずか一日でも充分旅の気分が出ていて満足。
鷹場は街中を遠く離れた別世界だもの。
川の流れなど、静岡ロケ場面は良いなあ。空気感が違う。
第六回）
・「ごめんなさい。深川女はおなかの中に溜めておくことが出来なくって」
出た！おこんちゃんの「深川女」言い訳。
「プチかげ」なら違和感なしだけど、本放送での本音トークには冷や汗。
いつもいつも深川を免罪符にしちゃいけないと思います。
奈緒さんが大人な対応で助かりましたが。
・磐音と玲圓先生、初めてのツーショット！
麗しい親子剣にしびれました。素敵ー（ミーハー）。
・食事に手をつけなかった霧子がようやく食べ始めたのは、
磐音のむしゃむしゃ食いに触発されたところもあるのでしょうか。
対抗するかのようにすごい勢い。よく噛んで食べましょうね。
＜ゲスト俳優・家基さま従者＞
三枝隆之輔役は、高松潤（たかまつじゅん）さん。
http://www.seinenza.com/profile/data/takamatsu_jun.html
五木忠次郎役は永井浩介（ながいこうすけ）さん。
http://www.kohsukenagai.com/profile.html
鷹匠の野口三郎助役は佐藤均さん。
*この方は、プロフィールがよく分からず。
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