『
アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』
強制収容所解放70周年を記念して制作されたという本作には決して忘れてはならないことが二つある。
一つはいわずと知れた“
ホロコーストの記憶”。
もう一つは“
報道とはいかなる妨害にあっても屈してはならない”ということ。
アドルフ・アイヒマンの裁判を扱った映画はすでに『ハンナ・アーレント』で見知っているものの、当時の放送に至る顛末を詳細に再現したドラマは興味深い。
俳優で再現された部分と実際のフィルムを混ぜた構成でわかりやすく、かつ信ぴょう性を持たせる作り。
裁判のあった1961年当時はもちろんネットなんてないし、それどころか衛星中継もない時代。
(世界初の衛星中継は1962年7月に打ち上げられたテルスターによるものという。)
各国で放送された業界の裏側も垣間見られる。
映像の伝える力が実証されTV時代幕開けを決定づけた一例だろうが、実際の映像とフィクションのないまぜは難しい側面もあるのではないか。
都合よく捻じ曲げようと思えばどうにでもなる怖さはジャーナリズムを扱う映画だけに慎重なスタンスで臨まないとなるまい。
その点は杞憂に終わったものの、
実在の映像にフィクションが負けていたように感じた。
アイヒマン役の俳優は結構実物と似せていたように思えるが、番組のスタッフたちはかなりフィクションに思えた…。(笑)
この裁判を撮影した映像ドキュメンタリー監督フルヴィッツは執拗にアイヒマンの失態を虎視眈々と狙うものの、再現描写に比重が高く、やや単調にも感じられたのが惜しまれる。
せっかくのマーティン・フリーマンも期待ほどの印象は残せず。
イスラエルとユダヤ人の歴史が分からないとピンと来ない部分があるかもしれないが、凡庸な人間がモンスターになってしまう恐ろしさを忘れないためにも見ておく価値はあるのではないか。
歴史的事実に縛られて自由な表現が限られた中、フルヴィッツが宿泊していた
宿の女主人に製作サイドの意志を見る。
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