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2015年12月04日02:23

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『消えた声が、その名を呼ぶ』

『消えた声が、その名を呼ぶ』

 ヒトラーがユダヤ人迫害のヒントとしたといわれるオスマン帝国(オスマン・トルコ)によるアルメニア人虐殺事件があった。
日本人にはなじみが薄い出来事だが、これのように歴史の中ではいまだに片付かない問題は山ほどあることだろう。

 世界三大映画祭の主要部門で受賞している若き巨匠ファティ・アキンの『愛より強く』、『そして、私たちは愛に帰る』に続く<愛、死、悪に関する三部作>の最終編。
ストーリーはかなりシンプル…というか、単純に見える。
しかし、だからこそそこに仕掛けられた背景や隠された意味を見つけることが肝心なのではないか。

 1915年、オスマン・トルコのマルディンで鍛冶屋を営むナザレットはトルコ人のために理不尽にも強制連行される。
その時に起きた虐殺事件が元で一家離散となりナザレットは声を奪われてしまう。
全てを失って希望がついえたかに思えた男にとって、唯一の望みは行方不明となった双子の娘たちだった。
かくして、そこから途方もない<娘探しの旅>が始まる。

 被害者側であるアルメニア人の視点で描いたアトム・エゴヤン監督の『アララトの聖母』などはあったが、トルコ系ドイツ人であるファティ・アキンからみれば<タブーの歴史>を紐解くわけで、勇気がいったことと思う。

 トルコをスタートに遥かアメリカ大陸まで回る旅で、壮大なコンセプト実現のために尊敬するというM・スコセッシや『戦場のピアニスト』を撮ったロマン・ポランスキー監督、それに上記のアトム・エゴヤン監督らに強力を仰ぐという万全の態勢。
ここからも<失敗できないプロジェクト>であることが容易に理解できる。

 共同脚本家に『レイジング・ブル』のマルディク・マーティンを活用するあたりも強かな準備と言えよう。
劇中に有名な映画が引用されるが、それは上っ面の比喩だけでなく、もっと深い意味が隠されているのかもしれない。声を失うことや双子であることも意味深。
ワールドワイドな舞台は国境・宗教・人種などで善悪をわけ隔て入ることはできないと言っているのか。
いや、善悪ですらその境界線はあいまいだ。
様々なボーダーを超えることが共存への道だというメッセージが伝わるかのようだ。

 「母をたずねて三千里」のように長く厳しい旅だが、何があってもへこたれないバイタリティには脱帽もの。
西部劇を意識したという作りも興味深かったが、結末の余韻はこの監督らしいと思う。

 しかし、原題はThe CUTなのにどうしてこういう邦題になるのかな?(苦笑)

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試写会@ブロードメディア試写室
(12月26日より 角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAにて公開)

 試写のあとで映画評論家の松崎健夫と映画解説者の中井圭のトークイベントがあった。
主に時代背景や事件の裏側などの解説、並びに監督自身の話などにも触れられていて興味深かった。

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