『
アリスのままで』
誰もが避けて通れない<老い>の問題。
長く生きるのは悪いことじゃないけど、病気にかかり不満足な健康状態で生きながらえるのは自分自身も身の回りの人も辛いものがある。
50歳になった言語学者アリス(ジュリアン・ムーア)が若年性のアルツハイマーにかかり言葉を忘れる。
夫ジョン(アレック・ボールドウィン)は医師なのに妻を助けられないという、なんとも皮肉な設定。
オスカーを受賞したジュリアン・ムーアありきの映画。
徐々に病気が進行する様を見事に演じている。
人が人足らしめるのは、何ゆえかという哲学的な側面も感じさせる。
記憶や言語の役割はどこまでなのか。
記憶がなくなるということは自分自身の喪失なのか。
簡単には答えが出ない問題を、アリスという一人の女性と家族を通して描き出す。
アリスには3人の子供がいる。
上から女・男・女と理想的な(?)産み分け。
長女アナ(ケイト・ボスワース)は幸せな家庭を築き、長男トム(ハンター・パリッシュ)は医学院生と父親と同じエリート街道を進むが、次女リディア(クリスティン・スチュワート)だけがはみ出すように役者志望で放蕩生活。
子供たちが病気の因子の検査を受け、それにまつわるそれぞれの結果に監督の答えが込められている気がした。
『リア王』しかり、『ゴッドファーザー』しかり、最後に親に力を与えるのは末っ子。
ここでのリディアは<次女>ではなく、<末っ子>という捉え方をすべきなのだろう。
その意味では古典的な匂いがする。
(おとぎ話『三匹のこぶた』の中でも知恵が働くのは一番下だ。…笑)
病気の進行を恐れるあまりアリスは自分自身にある仕掛けを施す。
この成り行きは誰もが固唾をのんで見守るはずだ。
<老い>との戦いとは、つまりは<生きたい>ことの証明に他ならない。
監督はリチャード・グラッツアーとウォッシュ・ウェストモアランドが共同で務めるが、リチャード・グラッツアー監督はALS(筋萎縮性側索硬化症)と4年間の闘病の末、今年の3月に他界したそうだ。
どうして彼がこの映画を撮りたかったのかがわかる気がする。
“リチャードのままで”人生を終えられたのだろうか…。
ログインしてコメントを確認・投稿する