さて、年も押し迫って、そろそろまとめという段になり、メインのデスクトップがダウン…。
近頃、挙動不審だったからなぁ。(笑)
泣いても仕方ないが、書きかけだった最後に予定していた日記の草稿が眠っていたのに…。
気を取り直して、今年最後の劇場鑑賞となったのは邦画二つ。
『
ペコロスの母に会いに行く』
岡野雄一のエッセイマンガを基にした人情喜劇。
老いや認知症の問題は高齢化社会の日本では他人事ではない。
また、離婚率の高さや核家族化も介護という点でも解決を難しくしている。
誰かの話であっても、これはいずれは<自分>も通る道の可能性は高い。
近親者が認知症になったら正直逃げ出したい気持ちになるだろうが、親ともなればそうもいえない。
<息子を忘れている>のに耐えて介護を続ける姿には頭が下がる。
長崎という土地柄が作品に奥行きを与えている。
介護で見られるトラブルは割とありがちとも思えるが、芸達者なキャスティングは魅力的で<オムツのエピソード>には思わず膝を打つ。
主人公ペコロスこと“ゆういち”を演じた
岩松了の憎めない風貌がユーモラスな作品にあっている。
認知症の母を演じる赤木春恵がまた素晴らしい芝居をみせる。
映画には現在と二つの過去が並列に描かれるが、正直なところ、
主観が二つあるのは好みではない。視点をどちらか一人に絞って描かれた方が良かった気もする。
最後の幻想的シーンは“作者である息子”からのプレゼントか?
そうとでも思わないと辛すぎる現実の緩和なのだろうか…、そう思うと泣けてくる。
『
永遠の0』
「自分はこの映画のよき観客にはなれそうにない」
開始早々感じたこと。
…なので、好きな方はこの先は読まないでいた方がいいかもしれない。
いくら現実の視点から描かれたとはいえ、あの時代に
こんな軍人が存在できたであろうか?
<特攻への反対>は心の底では思っていた人は多いかもしれないが、それをおおっぴらに口に出来たのだろうか?規律の厳しい軍隊で下のものが上に異を唱えることの可能性は?
どうにも信憑性が薄い。説得力と言い換えても良い。
現在、司法試験を受け弁護士を目指す青年が祖母の死をきっかけに、実の祖父のことを探り出すというミステリー仕立てで話は進む。
語り口のスムーズさは人をひきつけるものがあるかとも思うが、どうにも居心地が悪い。
映画には大きな謎が三つ登場する。
一つは「祖父、宮部の人間性」
二つ目は「特攻の何故」
三つ目は「再婚の何故」
時間もおよそ3分の1づつにキレイに回答してゆく。
しかし、しかしだ、“
ある重要参考人”には真っ先に聴取すべきじゃないのか?
また、その参考人が「これは伝えておくべきことだ」という旨の発言をするが、戦後60年という長さのリスクはどう思っていたのか?
(早い段階で死亡しても公表される方法を検討していたのか?)
立場や職業を考えると、どうも納得できない。
キャストは全員“大熱演”だったと思うしVFXはこの作品での最大の見所かとは思うが、BGMが「泣け、ほら泣け」といわんばかりに過剰に感じられてキツかった。
小さなことで恐縮だが、弁護士を目指す人物が「すいません」はないだろう、タバコじゃないんだから…。
終戦後だし、敵性語は必ずしも使われなかったわけではないとはいえ、<メモ>よりも<覚書、走り書き、手紙>という方が自然では?
些細なことに目くじら立てて…とは思うけど、神は細部に宿るとも言う。
<特攻を美化しない>はずなのに<反社会的勢力を美化している>ことにも驚いた。
(困ったことに、実際相当カッコいいのだが…。)
<特攻>を否定している割に、その
責任の所在に踏み込まないモヤモヤが残る…。
(そういえば原作者は安倍総理に靖国参拝を勧めた…らしいですね。)
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