『
大統領の料理人』
トップに立つ人間は孤独になりがち、しかも前例を打ち破るとなると…。
フランス大統領のプライベート・シェフに初めて登用された“女性”のオルタンス・ラボリの物語。
実際のモデルになったのはダニエル・デルプシュという人らしいが、作品中のエピソードや料理はほとんどそのまま描かれたようだ。
まずは美味しそうなメニューの数々が目に飛び込んでくる。
この時点で食いしん坊さんには大きな試練が待ち受ける。(笑)
当時、男性シェフが当たり前だったエリゼ宮では女性であるシェフに風当たりも強く、その中で孤軍奮闘したオルタンスの姿は立場を超えて広く訴えるものがあるだろう。
また、彼女は常に自分らしさを貫き通し、唯一のボス以外には曲げることをしなかった信念の人でもあった。
映画はそんな姿をユーモラスに描く。しかし一方で、そんな彼女ですら心が折れてしまうというのも人間らしい。
いや、信念があるからこそ折れることもあるのか。(初めからない人は折れようがないものね。)
思うに<食>を通して観客に「ああ、美味しそうだな。食べてみたいな」と思わせて、次に前例を打ち破り反対を押し切ってもシェフに据えたミッテラン大統領の器の大きさを感じさせ、ひいてはミッテラン自身の政治家としての業績とその後のそれとの対比を婉曲に感じさせようという狙いも、もしかしたら…?
考えすぎかとも思うが、印象的な場面がある。
それは、ある晩オルタンスがキッチンでひとり佇んでいる時に、大統領がふらりと尋ねてきて心を通わせるシーンだ。
多くは語らなくとも互いの置かれている<四面楚歌>状態を良く伝えている。
彼女の孤独を真に理解できたのは、ほかならぬミッテラン大統領であったろう。
彼自身、死刑制度を撤廃し、それまでの前例を打ち破った人物だから。
ドラマチックさという点では物足りなく思えるが製作サイドが込めた意図を想像してみると、そんな<
隠し味>もあったのではないかと勘ぐりたくもなる。
大統領を演じるのは学長であり哲学者のジャン・ドルメッソンで、孤高の人を演技ではない地点から表現していたように思う。
心折れた一人の女性は遠く離れて、人生の再起を図る。
遠く離れたからこそ再出発が出来たのかもしれない。
そこには堅苦しい権威という評価基準とはかけ離れ、正直者しかいなかったから。
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