第25回東京国際映画祭 10月24日
この日は3本の予定だったが、空いた時間の使い道に困り(苦笑)結局そこも埋めてしまった…。
ま、想定内でしたが。(笑)
この日見たのは全て<
ワールドシネマ部門>。
『5月の後』
監督自身の体験や記憶を投影した<学生運動に遅れてきた世代>を青春群像劇として描いてみせる。
タイトルの5月とは言うまでもなく’68年の5月革命。
映画の舞台は70年代の頭だが、日本の学生運動とも重なってみえる部分が多々ある。
そしてそれは時や場所を超えて若者に共通する<青臭さ>だったりする。
時代を表すようにバックに流れるソフトマシーンやケヴィン・エアーズ、シド・バレットなどの音楽にしみじみと感じ入る。
事象の羅列のようにどこか散文的でまとまりがないのはハナからの狙いか?
『闇の後の光』
カルロス・レイガダス監督作なので覚悟はしていた。(笑)
予想通り映像は息を呑むほど美しいが、話の展開は断片的かつ明瞭ではないが、一見無関係と思われるシーンが連係をみせる構成に思える。
技巧を凝らしたそれぞれのショットはどれも素晴らしい。
見終わって具象が抜け落ちイメージのみが存在し続けるのもレイガダス作品ならでは。
謎の赤いキャラクターは悪魔の化身“バフォメット”だろうか。
反芻しがいのある作品。
『インポッシブル』
今年のTIFFで見た作品では一番かも。
タイの津波を扱った映画だが、震災後の日本人にもズシンと響くものがあると思う。
タイで実際に津波を体験したスペイン人一家の話をユアン・マクレガー、ナオミ・ワッツらアメリカ人家族に置き換えて再構築された映画。
スペイン、アメリカ合作だが“
一流スタッフ&キャストの本気度”を久々に見せ付けられて痺れた。
どこまでも手抜きが一切感じられない。
話の基本は実話ゆえ想定内のことが多いとはいえ、芝居、演出、音響、音楽、カメラとただただ唸るばかり。
10分間の大津波のシーンに1年を費やしたというが、それも納得の迫力。
同じタイの津波を扱った『ヒア アフター』を凌駕していると思う。
津波の迫力もさることながら、その後の世界も実に生々しく描かれているため思わず目をそむけてしまう人もいるだろう。
水槽で一ヶ月以上演技し続けたというナオミ・ワッツの迫真の演技にKO!!
オスカーにノミネートされなかったらそれこそ不思議なくらいの熱演。
短い出演ながら
ジェラルディ・チャップリンのさりげないセリフに感涙。
本作にJ・A・バヨナ監督は前作『永遠のこどもたち』と同じ脚本家で挑んだが、もしかして前作は製作総指揮のギレルモ・デル・トロの力量もあったのか…などと邪推していた自分が恥ずかしい。
きっと一般公開はするだろうが、いつかな?
次の枠のチケットを取っていなければ、これで帰ってもいいと本気で思った。(笑)
『スプリング・ブレイカーズ』
新世代の映像作家(監督という名称よりもこういう表現を使いたい)
ハーモニー・コリンらしいポップな映像でびっしり。
スローモーション多用して、海ではしゃぐ脳天気な若者の水着姿がまぶしい。
<若いときしかバカは出来ないから、存分に楽しもう>というスタンスで彼らのいうところの<自分探し>とやらに付き合いきれる人はどれほどいるか。
知ったかぶりで未来のビジョンも持たず安易にダークサイドに落ちてゆくアメリカの若者の姿を一見ミスマッチな水着と銃という組み合わせで描いた点がユニークといえばユニークかもしれないが、たたまない風呂敷を痛快と取るかどうかは別れ道。
自身の美学のためには背徳も辞さない姿勢は天晴れというべきか。
企画段階から協力したという
ジェームズ・フランコの怪優ぶりが見もの。
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蛇足ながら、この日の4本に共通したのは<全部おっぱいが出ていた>ということ。

(おっぱい以上の露出があるのも…。)
そして『インポッシブル』以外は伏線らしきネタを回収しない作風だったということ。
その意味では少し疲れた。やはり3本目で帰ればよかったかな?
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