『
沈黙 ―サイレンス―』
重いテーマ、宗教は人を救うのか、そもそも人を救う教えはあるのか…、そういったことを考えたくなる2時間40分。
名匠マーティン・スコセッシがキリシタン弾圧下の江戸初期を舞台にポルトガル宣教師たちの苦境を描いた遠藤周作の原作をようやく映画化。28年越しというからその熱意には頭が下がる。
スコセッシといえばマフィア映画が思い浮かぶ一方で、『最後の誘惑』や『クンドゥン』と宗教を題材も度々取り上げる。
スコセッシ自身、熱心なカトリック教徒の家庭で育ったということもあり宗教には深い関心を寄せていたということらしい。
また、スコセッシは『ラスト・ワルツ』『ローリング・ストーンズ・シャイン・ア・ライト』など“音楽”にも一家言もつのだが、本作での“音付け”には驚かされる。
まさにタイトルを体現した演出となっている。
とかく小難しいテーマは上から目線や決めつけた結論がついて回りがちなのに、観客にゆだねるような作りに思える。
偶然だろうが、不寛容の現代世界を取り巻く宗教の名の元に行われる蛮行やテロと重なるようで怖ろしい。
鍵になる人物はやはりキチジロー。
遠藤自身が自分の姿といったように信仰と背信の間で揺れ動く姿に共感を覚える。
煙の巧みな演出に唸らせられる。
「踏み絵」の地面もあれほど緩いペースト状じゃなくともいいだろうに、あたかも排泄物かのような色と粘度は心理効果抜群だ。
アンドリュー・ガーフィールドやアダム・ドライバー、リアム・ニーソンといったハリウッドを代表する名優の熱演も見ものだが、日本人俳優のそれは彼らを凌駕すると言っても過言ではない。
窪塚洋介、浅野忠信、塚本晋也、イッセー尾形と各々が印象的な見せ場を持つ。
誰もが自分の立場を守るために行動しているだけで、根本的な<悪>ではない。
だが、それでも他人を不幸に貶めることの不条理さと信仰の難しさを感じずにはいられない。
英語劇なのはアメリカ映画だし仕方ないとあきらめるか。
日本ロケじゃなく台湾ロケになったことは格別に残念とも思わないが、美術があと一歩…と願わずにはいられない。
ナンチャッテ日本建築にならなかったのは嬉しいのだが、時代考証に疑問が浮かぶ。
些末なことかもしれないが、劇中のセットに見られた「桟瓦(本瓦の丸と平を1枚に合わせた形状)」はこの時代にはまだ発明されていない。
他の出来栄えが良かっただけに気になった。
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