『
マジカル・ガール』
マジカル・ガールとは誰の事か?いや、そもそも単数でいいのか?
ふと、そんなことも頭をよぎった。
事前に得た印象から白血病に侵されて余命いくばくもない少女の願いをかなえてやるべく父親が奮闘するお涙頂戴…とまではいかなくとも、切なくなるような映画かと思ったらまるで違った。180度ミスリード情報なくらい。(笑)
予告編では日本の「魔法少女ユキコ」(劇中だけの架空のアニメ)のファンであるアリシアを中心に描くような編集になっているが、実際はバルバラではないのか。
なんとも不条理な映画で面食らうが、所詮世の中はそんなものということだろうか?
少なくとも寓話であることは明白だろう。
特殊な構成やトリックが魅力でもあるので語りづらい側面があるが、人物関係などが対になっているように感じた。
二人の少女と愛を注ぐ二人の教師、理系と文系、闘牛とバルバラの肉体、手品のシーンなど。
あまりに絶賛の評判を多く耳にしたために、ハードルを上げ過ぎてしまったのは良くなかったかもしれない。
トリッキーで理系を感じる図式の割にどうも一貫性が欠如している印象も受ける。
とりわけバルバラの性格付け。
カルロス・ベルムト監督は日本のカルチャーオタクらしく、本作でも主題歌には長山洋子のデビュー曲『春はSA・RA・SA・RA』を使っているくらい。
本作を紐解くのに監督自身のコメントは大いにヒントになる。
水木しげるの『総員玉砕せよ!』が大好きで、『魔法少女まどか☆マギカ』(以下『まどマギ』)の影響もあるという。
時間軸の操り方だけじゃなく、『まどマギ』に登場する<キュゥべえ>の役割がインスピレーションを与えたであろうことは容易に推察がつく。
『まどマギ』では魔法少女になるには<
等価交換>条件が付くのだ。
劇中では「君の行動はそれくらい価値があるのか?」という問いかけがいくども押し寄せる。
本作にはもう一つの日本趣味である
江戸川乱歩の世界が大きく影響しているのだろう。
全体を支配する妖しげでノワールな雰囲気はむしろこちらか。
観客が本当に見たい箇所を見せないという手法は<諸刃の剣>だが、効果はある。
我々は本当に<それ>が欲しいのか?<それ>に支払う対価は妥当なのか…。
物質社会で所有欲に侵されている現代人には耳が痛いところをオタク好き監督に諭されるという面白い体験。(笑)
ただし、フィクションを面白くする上であっても超えてはならない一線があると思うのも私の本音。

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