『
オートマタ』
アイザック・アシモフの短編集『われはロボット』の登場はSF界に多大な影響を与えた。
特に<ロボット三原則>は画期的かつ決定的だったのではないか…、おそらくこれもその影響下の一つ。
近未来ディストピア映画で、人間とオートマタ(ロボット)の共存共栄に一石を投じる作品。
アントニオ・バンデラスがスキンヘッドで、保険部門の調査員を演じる。
アシモフの原則は3つだったが、本作では二つ。
人間の命を尊重するという項目は共通だが、あと一つは「自分で勝手に修理や改造をしないこと」という。
舞台は太陽風の影響で荒廃して人口も極端に減った2044年の話。
すでにお掃除ロボや対話型ロボなど現実社会に進出してきているが、映画の舞台では力仕事、介護、性風俗と様々な分野にロボットの労働力を取り入れなければならなくなっている。
しかし一部のロボットが勝手に改造され人間側がコントロール不能になってゆくところから物語はミステリアスに展開してゆく。
調査に乗り出したヴォーカン(アントニオ・バンデラス)はやがてとんでもない事態に巻き込まれる。
SF映画をたくさん見ている人ならデジャブを味わうかもしれない。
アシモフの『われはロボット』をベースにした『アイ、ロボット』だけじゃなく、『ブレードランナー』や『チャッピー』『her』などが思い出される。
付け加えればSFではないが『アラビアのロレンス』もチラリと脳裏をよぎった。
進化した人工知能の“覚醒”や環境破壊問題などは手あかがついた印象も受けるが、キーは<進化>だろうか。
人間の祖先には諸説あるだろうが
、例えばルーツが猿で木から下りて人間へとなったとして、その<進化>を誇るなら、ロボットが進化して人間以上になることも同じように誇れるのか。
自らをコントロールできない人間は地球の支配者であるべきなのか。
そんな哲学的な問いかけをも感じる。
主人公ヴォーカンに子供の誕生が間近ということも次世代問題に重なる。
(個人の子どもではあるが、人類代表という意味合いを持つのでは?)
また利権を持った大企業の闇は古今東西を問わない。
ガベ・イバニェス監督たっての希望でバンデラスが主演を務めたのも作品に芯が出来て良かった。
上司役のロバート・ボールドを名バイプレイヤー、ロバート・フォスター(『ジャッキー・ブラウン』)が務める。
ロボットの声の一つを
ハビエル・バルデムが担当しているのも話題の一つか。
未来の地球を表現した荒涼とした風景が圧倒するスケール感を持つ。
3月5日より 新宿ピカデリーなどで公開
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