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2015年12月10日02:34

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『わたしの坊や』&『酔生夢死』 @フィルメックス

カチンコ『わたしの坊や』@フィルメックス

 かつてはアラル海の漁師町として栄えたらしいカザフスタンの一地方もすっかり干上がってしまい、住民の生活レベルは比べようもなくなっている。
5歳で最愛の母を亡くし、14歳になった自身も病気のために余命いくばくもないと宣言される少年。
治療を施せば助かる可能性はあるものの、貧困でそんな余裕はない。
それを知り絶望のあまり恨みを持つ者への復讐を始める。

 <復讐で幸せになれるのか>という大命題はいつの世でも議題に上る。
今もなお世界で起きているいざこざの陰には報復という負の連鎖がついて回る。
一方で、大事な時期に暖かな家庭生活を奪われたことの代償をどう求めるのかも大きな課題。

 一つの家庭をモデルにしながら、一方で環境破壊が進んで国から見捨てられたカザフスタンの片田舎の事が重ねられる。
母と暮らした過去のまどろむような日々と、生き抜くには過酷な現実との対比は強烈だ。
カザフスタンには旧ソ連時代の遺物がたくさん存在するという。
そうした一つの廃船を遊び場にしているというのも、人生が機能していない様をよく示す。
政治的色合いは持たせなかったというが、少年の掲げる国旗には過去への示唆を感じる。

 希望が見えた先で、少年が見つけた答えが重くのしかかる。

 カザフスタンではプロの子役は存在しないので、少年はもちろん素人なのだが、顔つきがいい。
荒涼とした大地をロングショット多用して映し出されるのも絶望感がよく出ていたと思うし、またセリフに頼らず映像で見せるのは映画的でもある。

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監督のジャンナ・イサバエヴァによるティーチ・インあり。

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カチンコ『酔生夢死』 @フィルメックス

 米国で男に振られて帰国したゲイの兄シャンホと、市場で野菜売りをする弟のラットを中心に台北の裏社会を描く。
どこの国の繁華街でもありそうな場末の様相だが、ラットはそこでこき使われる聾唖の娼婦ダーションと恋に落ちる。

 俳優に馴染がないからか分からないが、ラットが慕う兄貴分と実の兄の関係や、アル中の母の問題も絡み、時制も曖昧なために掴みづらい。
事象が断片的に表れるのだ。もっとも理解されないであろうことは織り込み済みらしく、プロデューサーは理解されなくとも構わないので、監督の個性を最優先したということらしい。

 <どくろデザインのグラス>、<豚の頭部>、<ウジ虫>など死を予感させるものが並び不安への道具立てとしては面白い。
経済的にも、親の面倒をみるということでも出口のない閉鎖的な社会にしか生きるほかない若者の代弁ととらえていいのか。

 娼婦ダーションを演じたのはプロの俳優ではなく、演出部のスタッフだったそう。もしかしたら聾唖の設定はそのためでもあったのだろうか。
時折みえる瑞々しい映像は中々良い。

 原題は「酔、生夢死」と酔と生の間に「、」が入るが、これは酔が母親を示し、残りが息子たちを象徴するものゆえ分けたという。

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