第28回東京国際映画祭も終了。
やっとたまった感想をUPできる。
毎日のように午前様だったので、少し早いだけで新鮮…。
鑑賞順ではないけど、一般公開が近そうなものから上げていきます。
東京国際映画祭で珍しく(初めて?)日本映画が3本ノミネートされたという。(一つの国からは最大3つまでらしい)
その一本『
FOUJITA』
これがワールドプレミアということで、開映前にプロデューサー・監督・主演俳優らのあいさつがあった。
予想通り「一般のお客さんは撮影をご遠慮ください」というので、拙画で雰囲気だけ了承してください。(笑)
向かって左から日本のプロデューサー<井上和子>、<小栗康平監督>、<オダギリ・ジョー>、<中谷美紀>、フランス側プロデューサー<クロ―ディー・オサール>(『アメリ』など)。
監督の70歳の誕生日が近いということもあり花束贈呈などが行われた。
画家を目指すものなら、修行先はパリと昔は決まっていた。
それだけ世界中から才能が集まる街であり、なおかつ自由な空気があった。
1920年代のパリで日本人画家として先駆者となった藤田嗣治の人生を、自身初の日仏合作となった小栗康平監督の十年ぶりの新作。
ファーストカットから小栗監督の映画だと思わされるショットの連続。
デジタルであっても映像美学に狂いはない、むしろデジタルで可能性が広がっているくらい。
その静謐で一幅の絵画を思わせる構図は見とれるばかり。
映画はフジタの伝記を扱い、フジタの作品も劇中にたくさん登場するが目的は彼のバイオグラフィーではない。
一個人の人生を通して間違った社会を痛烈に批判する。
フジタが活躍した時代は、おそらく日本社会では受け入れられなかったであろう裸婦像や華美で退廃的な絵画の数々。
これらを貪るように描いた狂乱のエコール・ド・パリの喧騒と、戦争に傾き軍の都合に合わせた“戦争協力画”を描かされる日本の姿のどちらがより狂気なのかという問いは重い。
色彩も絢爛豪華なパリ時代と対比的に暗い日本が象徴的である。
チラリと頭をよぎったのは大島渚監督の『愛のコリーダ』。
あれも個人の狂気と戦争へと加速する時代のそれの比較が見られる。
フジタ役には当初からオダギリジョーを想定したという。
フジタの持つ猫的なしなやかさに共通項を見出したというのは芸術家ならではの観察眼に思える。
フランス語も特訓の成果を感じる。
11月14日一般公開
今年の東京国際映画祭も終了したのでTOHOシネマズ六本木通いもひと段落。お疲れ、俺。(笑)
さて明日からフィンランド映画祭か…え〜と、場所は…TOHOシネマズ六本木…、あれ?
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