『
ジゴロ・イン・ニューヨーク』
ハワード・ベンソンという米国の音楽プロデューサーをご存じだろうか。
いかにも…という米国ハードロック系を得意とし、グラミー賞に2度ノミネートされたこともある名匠だが、彼のプロデュース作品はバンドが違っても一聴して彼の音とわかるくらい特徴がある。(笑)
冒頭から脱線したが、本作の監督がジョン・タトゥーロで、共演に名匠ウディ・アレンは逆かと思った。
…が、どうも裏話を聞くとジョン・タトゥーロの出したアイディアにウディ・アレンが<赤ペン先生>役を買って出たのだそうで、それでか「やたらウディ・アレン映画っぽいのは」と納得した次第。(笑)
どう贔屓目にみてもイケてない二人のジゴロ稼業。
ポン引きのアレンはともかく、ジゴロ役のジョン・タトゥーロってどうなのかね?
しかもNYのセレブ相手にとんとん拍子にうまくいくとは眉唾モノだったが、なに彼らは夢を売る商売だ。きっと目に見えないところにテクニックが隠されているに違いない。(笑)
先祖から受け継いだ“文化的”書店業が時代に受け入れられずに、人類最古の“本能的”職業に就くという皮肉。
指南役のアレンのおかげか、映画には不幸という共通項を持つ二人のミューズが登場する。
片方はリッチな医師(シャローン・ストーン)で、ゴージャスボディーのセレブ女性。
肉体的な快楽と支配欲に渇望している。
もう片方は貧しく、古い因習に縛られて生きるユダヤの未亡人(ヴァネッサ・パラディ)で、肉欲は求めない。
さて、どちらが(映画的には)“理想の彼女”なのかは言うまでもない。
ジゴロは仕事で負けて、人生に勝利する。
ただ、セレブ医者とのコメディは楽しめたが、興味深いとはいえユダヤ法の審議会云々といったあたりからだんだんとさめていく自分に気がついた。
ユダヤ教を深く理解していると違う景色に見えるのだろうか?
どうせならどこぞの大御所アニメ監督のように(アレンが)「俺が監督をやる!」と強奪してくれたら良かったのか?(苦笑)
監督という責任から解放され、一人の俳優として独特のマシンガントークを繰り広げるアレン翁は実に楽しげだった。
ログインしてコメントを確認・投稿する