フランス映画祭2014、3日目
サクサクいかないと後がつっかえているので、パパッとまとめて更新。
『間奏曲はパリで』
フランスの片田舎、牛の畜産で生計立てるある夫婦の話。
子供は家を出ていて夫婦二人暮らし。仲は悪くないがややマンネリ。
隣家に遊びに来た若者にほだされて、ついふらふらと…。
治療のためと偽ってブリジットは二日間パリに出かける。
いわば中年夫婦のクライシスをコミカルに描いた作品で、ロケーションが生きている。
ブリジット役をイザベル・ユペールが演じているものだからパリに出た時のおのぼりさんっぽさが物足りない。いくら隠しても、オシャレな素は隠しきれない。(笑)
彼女の魅力があふれる作品で、たった2日間の夢のようなアバンチュールは確実にブリジットを変える。
マンネリした生活から刺激的な世界への憧れは人を引き付ける。
田舎者にとっての都会はそうであろうが、田舎では輝いていた若者も都会ではごくありふれた存在に過ぎず、より遠い存在が魅力的に映るのは自然なことか。
どこまで追っても捕まえられない影法師が自分の影だと気がつけば一つステップを上れるのかもしれない。
落としどころに優しさと愛情を感じるのは、暴力的なことが嫌いなマルク・フィトゥシ監督の持つ資質なのだろうか。
牝牛と離された牡牛や息子の職種などメタファーが散見される。
関係ない話ですが、最後字幕のところで「字 リ」と出て何事かと場内がざわついた。どういう意味かは今もってわからない。
『ジェロニモ −愛と灼熱のリズム』
トニー・ガトリフ流『ロミオとジュリエット』×『ウエスト・サイド・ストーリー』とチラシにあったが、まさにそういう印象。(もっともウエスト・サイド自体がロミジュリの翻案ですよね。)
ジェロニモというイカツイ(?)名前の30代女性が主役で、該当地区の問題児たちの指導員をしている。
トルコ系の少女ニルは決められた結婚から逃れロマの恋人と駆け落ちし、民族間の対立と禁じられた愛がドラマの軸になるわけだが、当事者ではない第三者の視点が目新しいか。
ありがちな格闘ではつまらないと思ったのか、対立グループの争いがダンスバトルになっているのはユニークだし映像的。
ここに描かれるのは底辺に住む若者たちばかりで、無知であるとともに旧習にとらわれている不幸をも併せ持つ。大恋愛する二人を含めて、みんな年齢と比較して幼稚に見える。
だが、彼らの持つ未熟さはどこに責任があるのか。彼らにたいし社会の果たす責任を考えさせられる。
おそらくは、その窓口がジェロニモの視点なのではなかろうか。
ジェロニモを演じたセリーヌ・サレットの憂いを含んだ瞳が印象的。
アパッチ戦士とともに米国に立ち向かったジェロニモという名前に込められた意味はいうまでもあるまい。
トニー・ガトリフ監督と製作・音楽を手がけたデルフィーヌ・マントゥレさんが来日。

(真ん中は通訳さん)
『俳優探偵ジャン』
若いころに持てはやされ天狗となって、後年自分で自分の首を絞める…そういう人物はどこの世界でも珍しくないだろう。(笑)
この劇に登場する主人公ジャン・ルノーもその一人。
かつての栄光から抜け出ていない。
現場では些細なことでぶつかり合う…、いや、我を通しすぎる。
当然煙たがられ干されて仕事を選ぶ余裕がなくなり、やむなく殺人現場の再現俳優として出かけたのだが…。
フランスには実際に事件現場を再現して検証することがあるそうで、監督が新聞で見つけた記事を基に創作されている。
コメディーとスリラーを混ぜた作品だが、バランスが良くて起伏あるのが良い。
実際に検証すると机上の空論では気がつかなかった<事実>に気がつくということは、屁理屈ばかりこねて仕事をしない俳優に対し「とにかくやれ!」というメッセージなのか。(笑)
業界では売れていない…つまり<死んだも同然>だった俳優が<死体>を演じる皮肉が可笑しい。そして死体を演じることで、生を得るおかしみも…。
他にもつい吹き出してしまったダジャレも。(笑)
劇中で流れる薬のCMはフランス人ならお馴染みで、現実にあるものを丸っとパロったそうだ。
細かいところまで手が込んでいる。
余談だが、劇中では俳優や舞台でのパフォーマーなどの専門職安が登場するが、現実にフランスにはあるということ。さすが芸術のお国柄。
観客の反応が良くてご満悦の様子だったジャン=ポール・サロメ監督。
本日のサインはこの方だけ当選。
(とても丁寧に書いていただきました)

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