『
世界の果ての通学路』
世界は広い、様々な環境の中で人は生きている。
…と頭で理解していながらもピンと来ないことはしばしば。
しかし、それゆえ映像の力は大きい。
これは世界の不便な場所に暮らす子供たちの通学を追ったドキュメンタリー映画。
開始早々いきなり「答え」が出てきたのには苦笑した。
“勉強の大切さ”を訴えるなら、見た後で観客に考えさせるようにと書かなくとも良かったのではないだろうか。
苦言から始まってしまったが、それも期待の裏返しと受け取ってもらえたら…と思う。
「ケニア・アルゼンチン・モロッコ・インド」と異なる地から選ばれた4つのケースで幼い子供たちがどれほど大変な思いをして学校に通うのかが映像で語られる。
本当に授業に間に合うのかと心配になるケースもままあり(実際間に合わないことも…)、いうまでもなく我々先進諸国は恵まれているのを実感する。
(都会は都会で別の負の側面もなくはないのだが…)
余談だが、中学生の頃、父親が中学校のすぐ近くに勤めていたので毎朝車に便乗していた。
アメリカなどでは当たり前の光景だが、日本ではあまり印象がよろしくないようで、ある時期を境に他の生徒と同じ交通機関での通学になった。
親はハッキリ言わなかったけど、学校サイドから何らかの横やりが入ったんだろう。
保護者の責任を考えたら一番問題なさそうなのにね。経済的にも二重負担になるから無駄なのに…。いじめられるのを心配したのかな?
さて、話を戻します。いずれも負担の多い通学路だが、それぞれのお国柄か、どこかのんびりしていて大らかなのは救いだろうか。
この映画で語られる「学校」の大切さって、「食」や「仕事」、「参政権」などに置き換えてみることも出来るのじゃないか?
いずれも雄大な自然との対比で人間の小ささがよく伝わる。
エライなぁと思うのは、
誰もカメラ目線にならないこと。カメラの存在がなくなるまでに下準備を整えたということなんだろうか。目に見えないところに随分と手間暇をかけている気がする。
ただ、登場した彼らはこの映画を見ることは出来るのだろうかと疑問もよぎる。
彼らが映画を見られないとするならば、つまりは先進国への啓発運動であり、こういう不平等さをなくすことこそ我々先進諸国の務めなのだと訴えているのだろうか。
そんなメッセージも感じてしまう。
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