『
愛の渦』
<沈黙は金>というけど、必ずしもそうとは限らないのかもしれない。
乱交パーティーというキワどさとは裏腹に若者たちのナイーヴな一面が描き出される。一風変わった愛の物語。
第50回岸田國士戯曲賞を受賞したという三浦大輔作の舞台は未見。
映画用に新たに当人が脚本を書き直し、監督まで務めたという。
最初に思ったのは<主人公はどっち>なんだろうか…と。
男目線で始まるので、てっきり彼の物語なんだろうと考えていた。
だが、女子大生目線で語った方が良かったのではないかと思う。
“いかにも”という<リアリティある男性客>と<こうあって欲しい理想的女性客>は作り手が男だと感じる瞬間。
本音と建前を使い分けながら、相手との距離感の測り方に人間らしさを感じる。
しかし、こういう非現実的な空間でありながら、<ありそうなこと>に終始するのはリアル追求という意味なのか?個人的にはもっとぶっ飛んだアイディアが見たかった気もした。
たった一夜のファンタジーと観れば楽しめるが、そこに至るまでの<前戯>が退屈。
<じらす>ことと<間延び>は同意義語ではあるまい。
女優さんたちは全裸・前貼りなしでがんばっているのに、性行為自体に面白みが乏しいのは勿体無いかな。リハーサルでダメだし食らったという門脇麦のあえぎ声は“本番テイク”でもいただけない。
裸というのは、人はそれぞれ平等な状態であろうが、それでさえヒエラルキーというか差別が存在するという皮肉は効いている。(常に上下関係を求めるためか、現実社会でのポジションを聞き出すのには閉口した。これも現代日本人の縮図なんでしょう。)
短時間の出演でも自然な芝居と存在感を見せる柄本時生はさすが。
一見冷たそうで、その実一番愛が深そうな<常連さん>に惚れた。
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