備忘録、『空っぽの家』@
東京国際映画祭2013
まだ書きおわっていない東京国際映画祭、世間ではフィルメックスが開催中だというのに…。
(もうちょっとで終わります)
『
空っぽの家』(アジアの未来)
大黒柱の喪失がもとでバラバラになっていく家庭。
夫を亡くした妻は生気を失い、長女は親の代わりに負担しようと無理をして、長男は早く逃げ出したい、末っ子は言い争う家族から心を閉ざした状態。
監督自身、16歳のころに父を亡くした辛い思い出があり、そこから自然と派生した物語らしい。
長男は今時の男の子で、部屋にはアメコミ映画のポスターを張っていたり、着ているTシャツは人気ロックバンドのそれだったりする。
健気に一家を支える長女が追い込まれてゆく様子がハラハラもの。
父の死で欝になったにせよ、母親には「なんとか出来ないのか」と、もどかしい気持ちにさせられる。
全員が亡くなった父の代わりに心のよりどころを求めているのだが、長男の暴走がスリリングである。暴走どころか友達の母親に手を出すあたり自暴自棄ともいえる。
ここでは自動車が自立のメタファーとして描かれている。
実際、自動車で始まる冒頭のシーンから、重要な箇所での活用法が目に付く。
劇中で描かれるトルコの結婚式にまつわるしきたりや風俗が興味深い。
幸福と不幸が入り混じったラストだが、新しい時代の門出にはこういう結末しかなかったのだろうか…。
ただ、冒頭でさらりと父の死に触れているもののはっきりとしたニュアンスがないためにいらぬ誤解を生むこともありそう。(実際、私も確信が持てなかった。)
監督のデニズ・アクチャイ初の長編映画で、上映後にはQ&Aも行われた。

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