『
悪の法則』
マイケル・ファスベンダー、ペネロペ・クルス、キャメロン・ディアス、ハビエル・バルデム、ブラッド・ピットといった豪華なキャストや有名な原作者(
コーマック・マッカーシー『ノーカントリー』)に高名な監督(
リドリー・スコット)を揃えて期待が高まるのは当然ともいえよう。
周囲でとても不評だったため二の足を踏んでいたが、怖いもの見たさ(笑)が勝り試してみたら案外楽しめた。まぁ、そういうものなのかも。(こういうのを“なんとか”の法則って言ったかな?)
話はいたってシンプルで、ヤクにまつわる危険な売買のイザコザを描いているに過ぎない。
正直、それ以上とも以下とも思えないが、それでは幾度となく観てきた<普通>の作品だ。
<普通>にしないために大仰な表現や回りくどい台詞回しに息もつかせぬダイアローグバトル。
吹き替えでならともかく字幕ではなかなか厳しいものがあるのではないか。
原作者が脚本を担当することで、忠実度が上がるという向きも確かにあるだろう。
しかし、小説と映画は違う媒体。
映像や音声の<ある・なし>も違うが、時間の存在が違う。
小説は読み手が時間を操れるが、映画は受身。
こういう豪華スター映画に集まる客層を意識したら違った結果になった気もするが、あくまでも芸術性を優先したということか。
問題は一つの作品に二つの個性が存在したことにあるのでは?
親和性があれば期待に違わぬ出来栄えになっていたと思う。
それでもリドリーの映像は魅力的。
ショットごとに力を感じるし、シーンごとの色調の変化も<彼ならでは>という技量を感じる。
チーターの暗喩などは面白かったけど、キャメロン・ディアスに該当の役柄は少し荷が重いのではないか?(最後の“決め顔”一つで作品の印象はひっくり返ったかもしれないのに…。)
ペネロペ・クルスと配役が逆だったら…とも思ったが、それでは<普通>か。
ああ、それにつけても
黄色いフェラーリになって“雌チーター”を乗せてみたい。(笑)
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