『
子宮に沈める』
「ママ、どこ?」
悲痛な子どもの声は母親に届くことはない。
育児放棄が引き起こす悲劇が後を絶たない現代の日本。
かつては核家族化が引き起こす子育ての不安が取りざたされていたが、離婚率が高くなった今では核家族なら十分すぎるくらいだ。
一目見て大阪二児遺棄事件が主要なベースになっていると分かる設定の映画。
それぞれ事情はあるだろうが、夫婦揃っていても大変な子育てなのにシングルとなると様々な場面で問題が生じる。
結果として起きた悲劇から、直接面倒を見ている親を責めるのは簡単だが、それで解決するワケではあるまい。
若くて、容姿が“それなり”なら手短に稼げる職業が女性にはある。
誤解して欲しくないが、そこの是非を問うつもりはないし、決して楽な仕事ではないと思うが、<貧すれば鈍する>である。
「ほら、やっぱりこういう親だからだよ。」
そんな風にどこかで自分は無関係として片付けていないか。
緒方貴臣監督の嘆きは良く伝わる。
問題提起としてはこの上ない映像であろう。
全編に渡り、隠しカメラで覗き込んだかのようなドキュメンタリーを思わせる撮影手法。特にBGMもなく意味のあるセリフらしいセリフも冒頭に少しある程度。狭いマンション内で繰り広げられる日常。
子どもの表情以外はほとんどまともにピントが合わない辺りも何を伝えたいか良く分かる。
出来ればジャンプカットは使いたくなかったのではないかと思うほど、じっくりと客観的に提示するのみ。
確かに悪いのは母親。
だが、原因はそれだけではないだろう。
深く追求しないのは、個々の問題で終わらせずに広い意味で問いただしたかったためだろうか。
親の真似をして化粧し着飾る<幸>は愛らしい。しかし、その先の行動を見て背筋が凍りつく。
ともかく見ていて辛い気持ちでいっぱいになった。
二人の子どもに付けられた名前の意味を考えると実にいたたまれない気持ちになる。
最後、母親は視線の先に何を見たのだろうか?
問題提起に対し、いま一歩踏み込んだ解釈が見たかった気もするが、それは観客に対しての宿題なのだろう。
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