3時間を越える映画が当たり前のインド映画にしては珍しく2時間を刈り込んでいる。
なにやら評判がよさそうなので、足を伸ばして見てみたが…。
『
スタンリーのお弁当箱』
食を通して命の大切さを教えるとか、衛生面の大切さとか、各家庭の魔法のレシピとかぼんやりとそんなことを考えていたが見事に外れた。(笑)
インドで子どもたちを…いや大人を含めて取り巻く環境が満足いくものでないことは知られているが、学校の中でも存在する。
格差社会は多くの国に見られるし貧困を描く話は珍しくないが、<弁当を持ってこない>という理由で生徒が名指しで非難されるのだ。
予告編で見る限り、てっきり叱った先生の愛情の裏返しなのかと思っていた。
少なくとも<思わず膝を打ちたくなるほどの深いわけ>があるものとばかり信じていた…。
いくら脚本を作らずに元々はワークショップの一環として製作していたとしても、とても合点がいく出来ではない。
まずインドの教育環境がいかなるものか不明なれど、学校と家庭の風通しが悪すぎる。
映画に描かれている
<重要な事実>を知らないということはありえるのか?
大人である先生たち同士の風通しも悪い。
…というより、そもそも
なぜ国語教師のヴァルマーは弁当を持ってきていないのか…、左手薬指に指輪をしていたので当然“大人の事情”が存在しているものとばかり考えていた。
そういう点を投げっぱなしにしているのをどう受け止めればいいのか。
スタンリーくんの“家庭の事情”の根本解決はされないし、肝心な問題点が<あとづけ設定>に感じて仕方なかった。
もちろん、問題提起すること自体は意義のあることだが、秘密にして引っ張るよりもここからが映画のスタートで良かったのでは?
少年たちの自然な表情がよく撮れていたことと、スタンリーくんの処世術(逞しさ)や友情物語としては一定の評価が出来ると思うが、全体には疑問が残る気がした。
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