『
エリジウム』
「医は算術」か?高度な医療が実現できても現実に恩恵にあずかれるのは限られた富裕層しかいない。そういう格差社会をSFに置き換えたニール・ブロムカンプ監督(『第9地区』)の痛快な娯楽作品。
前作同様にSF作品で、富裕層の住むスペースコロニー<エリジウム>と貧乏人が住む地球という文字通り天地の関係で描く。元々<エリジウム>とはギリシア神話で、神々に愛された者や英雄が死後に住むという楽園のことを指すらしい。
地球から見たコロニーも、コロニーから見た地球も共に美しい。
しかし、
いざ近寄ると互いに<醜いもの>が見えてしまう。
比較的ストレートに書かれた脚本からはビジュアルを存分に楽しませようという思いが伝わる。
ともかくこの手のSF映画はビジュアルが大切。
その意味では、どこかデジャヴを感じる<シド・ミード>がデザインのコロニー設計だが、大画面向きの迫力を感じさせる。
重箱の隅をほじくり返すと引っかかる部分(…例えばヴェルサーチのデザインした万能医療ポッドの性能の限界、直接ポッドが発着できるオープンタイプのコロニーの構造の謎、大気圏に出入り自由で自動車感覚の民間の小型ポッド…など)もあるけど、伝えたいことの嘘と割り切って、楽しむべきだろう。
(細かいつじつまにこだわる人向きではないかも…)
スキンヘッドにしたマット・デイモンが装着するパワード・スーツ(強化外骨格)の装着方法がなんとも痛い。この痛さこそニール・ブロムカンプらしいといえば、らしいが…。(笑)
敵に忍者の要素を組み込ませたりするあたりも、改めて監督の嗜好が感じられる。
出来うるならばジョディ・フォスターにはもう少し見せ場が欲しかったかな。
知っての通りニール・ブロムカンプ監督は南ア出身でアパルトヘイトを肌で体感している。
それゆえ差別や隔離ということに敏感なのだろう、前作も今回もそういう視点で貫かれている。
苦い中にも希望が残るラストも良い。
9月20日より公開
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余談ですが、ツイッターユーザー限定の試写会でした。
会場に少し早めに着いて様子を伺っていたら受付のお姉さんから整理券を頂きました。
別にそこで待っていても良かったのですが、なんとなく邪魔(?)そうだったので、いったん場所を離れて待っていました。
…で、時間が近づいたので再び会場に向かうと列が…。
係りの人が「番号順でお呼びします」というので、いわれるがまま列の最後尾に並んだ。
…だが、
なぜかそのままの順序で通された。
はぁ?
何のための整理券だったの?
ついでに、入場の際に「招待リスト」と照らし合わせながらだったのだが、どこを探しても私の名前がないらしい。(笑)
「(封筒の宛名を指差し)これ、手書きだよね。(←ちなみに他の人は全て宛名は印刷)ウチから出した(招待した)のじゃないのでは?」などとコソコソ相談しだす始末。
?…では、誰が私のところに投函したの?
ちゃんと会社の封筒と当選通知の書類が入っているのに…???
不承不承ながら入れていただきましたが、何が原因なのか私が知りたいですよ。
こんなこともあるのですね。(苦笑)
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