(続き)
街中で金色の衣装をまとった大道芸人が立っていた。(左端)
写真を撮らせて小銭を稼いでいるらしい。
シャッターを押した人にはお金をせびっていた。
(なので私はアップで撮らず。だが、母は知ってか知らずか堂々と撮っていた。もちろん上げるのは笑顔だけ、…とりあえず他人のフリ。笑)
聖ヤコブ教会
ここが巡礼地として有名な理由は
「聖血の祭壇」にキリストの血三滴が収められた十字架が掲げてあるかららしい。
祭壇はドイツの著名な彫刻家リーメンシュナイダーが一本の菩提樹から彫り上げたものらしい。
旅行中、菩提樹の木をよく見かけた。
下部は中央に<最後の晩餐>、左翼はイエスがエルサレムに入る場面、右翼はゲッセマネの庭でのイエスの祈りだそう。
メインの祭壇(十二使徒祭壇)
はりつけにされたイエスの下に並ぶのは左からエリザベス、ヤコブ、マリア、ヨハネス、レオンハード、アントニウス。
祭壇の裏には今と変わらないマルクト広場の絵が見られる。(分かりにくいけど、左端の絵)
マルクト広場
どこにでも同じ名前があるけど<マルクト>とは英語のマーケット…つまり市場なので、どこにでもある。(無知な私は目からうろこ)
ここの露天で買ったラズベリーが母の一番のお気に入りだったようだ。
残念ながら市庁舎は修復中でした。
隣の市議宴会館の壁面にある
仕掛け時計(マイスター・トルンク)も見ものであるのだが、これまた修理中でアウト!
個人的には
「中世犯罪博物館」に入ってみたかったけど、時間と行動の不自由さから断念…。
アイアン・メイデンが見たかったなぁ。

街中を走行していた軍用車?ソフトスキンの一種か。
ローテンブルクを代表するビューポイント、
プレーンライン!
城外にはこんな風景が広がっている…。

ブルク門
そういえば、ローテンブルグは『チキ・チキ・バン・バン』のロケ地にもなっていたと添乗員さんは話していた。
う〜ん、記憶にない…ちゃんと見直したら気がつくかな?
クリンゲン門
晩ごはんはフリーなのだが、何を食べていいか分からない。
添乗員さんの案内で市内観光中にいくつか教えてもらったが、それよりも旅の達人がいて、「ここは美味しいよ」「ここは日本人の口にあう」「ここは日本語のメニューがおいてある」などガイド顔負けの案内をしていた。
よく見ると店頭に日本語の看板を出している店もいくつか散見されて、いかに日本人観光客が多いのかを物語っていた。(もしくはいいカモ)
シュネーバルというお菓子はローテンブルクの銘菓みたいであちこちで見かけた。
サイズは2種類あるようだが、お腹が空いていなかったのと暑かったので買わずじまいだった。
(揚げ菓子よりもソフトクリームのほうが嬉しい気候)
お店を知らない人のために添乗員さんが希望者を募って引率するという話で、それまでしばらく時間があるため、母を置いて一人で城壁を歩いて回ることに…。
添乗員さんが「バッグは置いていった方がいい」というアドバイスに従いカメラのみ持って上りましたが、なるほどこれは狭いので余計なものはないほうがいい。


人がすれ違うので精一杯。
壁面には再建に寄付した人たちの名前のプレートが貼り付けられている。
日本人の名前(個人や企業など)も結構見られる。
Speise-Restaurant
この界隈では知られたお店らしい
ここで晩御飯(サマータイムなので、かなり遅くなっても外は明るい)
私は本日のコースを母はレバーケーゼ(メニューにはレバーケーキって書いてあった気がするけど…)を頂く。
別の物を選んだのは、何が出てくるかイマイチ分からないので、食べられるものをシェアするためだ。
ジャガイモのスープ
(しっかりした塩味が効いている。周りでも塩辛いという声が聞こえる。
薄味が流行する日本人には確かにね。)
サラダは…母に取られた。
メインのポークカツレツ
こちらの肉料理は硬いくらいにしっかり火が通り歯ごたえがある。
日本人には硬いかな?
母がオーダーして私に回したレバーケーゼ。
何かと思ったらハムに目玉焼きが乗っている。
柔らかめのハムでした。(日本語メニューにはレバーケーキとあった記憶が…)
デザートはストロベリーアイスとバニラに真ん中はウエハース。
余談ですが、添乗員さんの体験談が面白い。
長嶋茂雄さんと遭遇したことがあるそうで、その時ツアー客のなかで熱烈なファンがいて、一緒に写真をとりたいから交渉してきてくれと頼まれたらしい。
こっそり撮るのは躊躇われるためダメもとで「長島さ〜ん、お写真いいですかぁ〜」と声をかけたら無言で頷いてくれたということ。
かくして無事に写真は撮れた…ところまでは良かったけど、お客さんが
パスポートにサインを書いてもらった!!これはアウトでしょう…と。(いかにも…なエピソード)笑
3.11の震災の時も仕事が入っていたそうで、震災が起きたのは金曜日…つまり翌日の土曜日に出発するコースがあったという。
こんな時でも中止にはならないのかと驚愕しながら拝聴。
思い出せば分かると思うが、どこも交通網は満足に運行していない。
長い行列に運休の嵐、添乗員さん自身がまず空港にたどり着けない。
ありとあらゆる方法を駆使してたどり着いたときには、出発時間をとうに過ぎていた。
結局、17名参加予定のうち成田に来れたのが4名(2名二組)ということ。
一組は成田に前泊したということで、もう一組は自家用車で空港まで来たんだそうです。
地震の場合は免責事項なのかな?
払い戻しになったのかまでは聞かなかったけど、そんな状況下で旅行は楽しめただろうか?
結果的に乗るはずだった飛行機自体の出発が大幅に遅れていたので、添乗員と4名の客を乗せてツアーは敢行されたそうです。

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