『
少年は残酷な弓を射る』
実に不快。
話の筋もそうだが、落としどころも。
母と相克するケヴィン少年は全てを知っている。
その意味では<子供>の形をしていても、ケヴィンは子供の象徴ではあるまい。
まるで“悪魔の落とし子”のように振舞う我が子を見て、自身のことを振り返らない母親。
始まりは小さなひずみだったのかもしれないが、悪意は侵食し始める。
かくして負の連鎖は始まるとでも言うのであろうか。
巧みな編集でスリリングにひきつけられる本作だが、冒頭で母親とケヴィンのシンクロするカットに謎の一端が示されているのではないのか。
また、トマト祭りの一場面ではあたかも磔になったキリストのようにも思える。
あらゆるカットに<読み取り>の可能性を感じさせて興味深い。
母親役ティルダ・スウィントンの鬼気迫る演技が傑出している。
加えてケヴィン役エズラ・ミラーの鋭い目つきに射抜かれてしまった。
タイトルにもあるように
悪意ある<残酷>な出来事が次々と起きるのだが、決定的な場面は見るものの想像力に託される。
これはもっとも大きな謎についても同様に<考えなさい>と投げかけているのだろうか。
まれに見る刺激的な作品であることは間違いない。
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