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2023年12月13日20:50

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《アート》何度も行きたい美術館《2023倉敷1》

瀬戸大橋線に乗って本州に向かうのは初めてかもしれない電車いや、2回目かもしれない。
きっと裏金や闇献金に埋もれていた橋本龍太郎だけれど、こうした大事業をレガシーとして残すことが政治家の仕事。
旅行者にとっては単純に、瀬戸内に架けた3本がありがたい。
アクアラインも乗るたびに、ハマコーに感謝することを忘れない。

高校の修学旅行。山陰山陽で記憶に残るのは『カルスト台地』と『津和野』のみ。
鷲羽山ホテルに投宿したのは確実なようだけど、では高校生の自分がこの地で何をしていたかの記憶がない。
果たして17歳で大原美術館の名画に触れていたのか、いなかったのか。
記憶のいい同級生たちに確かめてみよう。
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《承前》
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986528152&owner_id=8666179
香川で残したもの。9か所の札所と醤油臭の美術館。
それよりも瀬戸内を渡り、なぜだか大原美術館に行きたくなった。
行きたくなったら行く。これがわたしの生きる道。
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倉敷駅から徒歩12分。平日の昼下がりは、観光客の姿も閑散として、やや寂し気な倉敷。
駅前にチボリがあった時代を懐かしむ。バブルの象徴は、今は昔。
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2020年2月以来、人生きっと4度目となる大原美術館。
国内にだって何度も行きたくなる美術館が幾つもある。
思いつくままに、国立近代、ポーラ、マルビ…挙げたらキリがない。(←挙げない)
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『幻想』(シャヴァンヌ)
第一展示室。
2020年の tripenart で、原田マハ小説の冒頭に登場するタブローだと先生から教わっていたペンギン
修学旅行生たちから追い抜かれるのも気にせずに、タブローの前に立ち尽くす。
あれ、涙が潤んできた泣き顔
3年前の日記を読み返すと、全く同じような動きをしている。成長しないわけだ。
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『りんご狩り』(ピサロ)+『オーヴェルシーの運河』(シニャック)
混雑を創り出すはずの修学旅行生の集団は、我が妻・ワイフさん同様、ほぼ走り抜いて展示室を去っていく。故に、ほんとうに美術好きな人たちがゆっくりと、快適な鑑賞環境。
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展示室をつなぐコネクトルームに『液状の舵』(カルダー)のモビール。
羨ましいのは母娘連れの2人。
1組は小学生らしき娘を連れた若い母親で、もう1組は20過ぎのJDと共に、きっと50代の母親。
いずれも、展示室に映える才媛たち。ブランドショップにいるよりも、ずっと麗しい。
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『男の顔』(青木繁)+『都会』(松本竣介)
いずれも夭折の洋画家。
今年は青木繁に没頭した一年だった。来年は東や北に向かって松本竣介を復習しよう。
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展示室内は写真撮影禁止。琴線に触れたセガンティーにやシダネルを残せることができなかったけれど、またいつか、観に来ればいい。
大原美術館のコレクションは、ちっとも飽きることがない。
美しいものに会うことのできる贅沢な時間。心豊か。

そして、大原美術館の奇跡。
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『受胎告知』(1590)
日本に貴重な西洋絵画を残してくれた代表的な2人が松方幸次郎と大原孫三郎。
松方(1866-1950)は自らフランスへ飛び、ブラングィンの助言を受けて蒐集。
世界恐慌が松方の企業・川崎造船を破産に追い込み、コレクションは散逸したが、いろいろあって松方コレクションは上野・西洋美術館に収蔵された。
大原(1880-1943)は倉敷紡績で財を成し、パトロンであった画家・児島虎次郎(1881-1929)の審美眼によってコレクションされた西洋絵画を、地元私設美術館に収蔵した。
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児島の蒐集は同世代の19世紀ものが中心だったのに、なぜか16世紀の名作、エル・グレコが1枚。ぼくたちが日本でエル・グレコを鑑賞できるのは、ここ大原と上野・西洋にある《十字架のキリスト》の2枚のみ。
大原さん、松方さん、ほんとうにありがとう。
感謝の気持ちを込めてグレコを観ていたら、次は上野に行きたくなっていた。

(つづく)



■「もう一度行きたい温泉地」 2位は箱根温泉、3位は道後温泉
(OVO [オーヴォ] - 12月13日 06:10)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=201&from=diary&id=7672276

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