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2018年09月08日22:03

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八月の狂詩曲


『八月の狂詩曲』
リチャードギアが日本語喋ると、なぜか両手広げて笑顔で呼びかける「ハッチ―」に聞こえてしまう。『八月の狂詩曲』よかった。冒頭の方、オルガンを弾く青年と子供たちのコンチェアトー、どこかで黒澤は大林宜彦作品を気に入ってると言っていたが、なにか尾道調なもの感じさせる(一方で、この作品のさらに後ではあるが、大林の作品に黒澤の政治的なメッセージ放つ意思を受け継ぐ姿勢がとても見られてくる)。静かなショットから音の大きな飛沫となるカットトゥー、シンプルに太さ感じさせるそにまーじゅ。核心へとやがて移りゆくとき、我々は黒澤の魔法にずっと導かれていること無意識ながらも感受する。歓喜の渦巻く、滝が飛沫の音とともに表される。我々は怖ろしくも甘い畏怖に身を置いている。

本多を監督補佐にしての、ピカドンと眼と暗雲、まさにゴジラを想起させる荘厳なる不気味さ。共働関係においてクロサワは、仲間である本多猪四郎の偉業をリスペクトするべく取り入れたのではないか。『生きものの記録』の骨太なリアリズムなシュールに比し、それは終盤期の黒澤明の特徴であり、たかが夢されど夢的な儚さと真摯さが交わり舞うかのようなものであれど、この作品にある芯には、まごうことなき奇想天外な雄勁が在る。まだ戦争は終わっていない、というフレーズ、現在においても響くものである。祖母を追っていくときの彼女の子供たち孫たちの走る姿のモンタージュ、七人の侍をはじめとしたクロサワ定番の切り替わるモンタージュ、雨のなかをスプラッシュする。希望は育まれる。未だ実現せずとも、たかが夢されど夢、志が消えぬこと伝えている。




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