11月9日、渋谷シアターコクーンにて観劇
http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/07_caligula/index.html
『異邦人』など、人間の不条理を描いたことで名高いアルベール・カミュの戯曲。
若きローマ皇帝のカリギュラは、愛し合っていた妹が急死したことに衝撃を受け、
人が変ったように民の殺害と搾取を繰り返す。
彼の手足となって尽くす忠臣（元奴隷）のエリコンと、
愛されていないと知りながら、彼を愛し続けるセゾニア。
若き詩人シピオンは、カリギュラに父を殺され、
憎みながらも彼に惹かれる気持ちを抑えることが出来ない。
恐怖におびえる貴族達は皇帝暗殺を企てるが、
ひとり冷静で賢明なケレアは、焦らず機が熟すのを待つべきだと諭す。
ケレアだけは、カリギュラの危険性を正確に理解しており、
その気持ちは単なる憎しみとは異なっていた…
パンフレットの蜷川さんの言葉からすると、
この舞台はまず小栗旬ありきで始まったものらしい。
彼を主役として立てるのにふさわしい作品、ということで選ばれたのが
この若き狂王、『カリギュラ』。
ほとんど全裸に近いポスターの図柄からしても、大変なインパクトで、
観客の多くも、彼の登場を固唾を呑んで見守っていた。
愛する妹の死の直後、姿をくらましてしまったカリギュラは、
宮廷の貴族達が右往左往して探しているなか、ふっとひとりであらわれる。
半裸に薄物をひっかけ、憔悴し、うなだれて顔も見せず、うす汚れて、
それでもなおうつくしい。
印象をひとことで言えば「手負いの獣」。
傷ついてはいるけれど、ぴん、と漲っている存在感。
あまりにむきだしで純粋な魂がもがき苦しんでいる。
この冒頭で、もう心を捉えられてしまう。
カリギュラが何故極端な非道に走ったのか、正直言って理解は出来ない。
「人間は死ぬ。そして幸福ではない」ということに絶望したと言っても、
これしか道はなかったのか。
見ていて一番困ってしまったのは、その残虐行為が語られても、
実感できなかったこと。
小栗くんは狂気との狭間であやしくゆらぐ、というイメージではない。
がんばっているのは分かるけれど、本質的に健やかで
まっとうな青年の匂いがする。
『タイタス・アンドロニカス』の悪役の時も、
背伸びして悪ぶっているように、私には思えた。
狂気のあやうさなら、蜷川さんの秘蔵っ子である
藤原竜也くんの独壇場ではないかと思う。
いや、でもそれではあまりに当たり前すぎるか。
などと、ひとり思い悩んでしまった。
残酷な彼、悪い彼、というものがどうも納得できないのだ。
歌舞伎で言うところの「ニン」ではない役どころというか。
そもそも、そんなふうに描こうとはしていないのかもしれないけれど。
ひるがえって、ふっと正気にもどったように、一対一で
シピオンやケレアに語りかける彼は、真摯でとても良かった。
あくまで理性的で、男っぽく、瑞々しい魅力。
ひとのこころを捉えずにはいられない。
ことに、詩人・シピオンとの対話は、どきどきしてしまった。
じっと見つめあい、シピオンの胸元に手を差し入れる一瞬に、
どこよりも惑乱されたことを告白せねばなるまい。
カリギュラを憎む一方で、彼の中に自分と同質のものを感じ取り、
どうしようもなく惹かれているシピオンのいじらしさ。
勝地涼くんのシピオンは素晴らしかった！
白鳩のように清らかで、少女のように可憐。
カラマーゾフのアリョーシャみたい。
傷ついた眼をしながらも、カリギュラへの想いを自覚している。
「好きです」「僕はあなたを愛しました」と言い切る、凛とした健気さ。
彼の演技の堅実さに感嘆する。この若さで！
理性のひと・ケレアもまた、カリギュラを嫌っているわけではなく、
理解し、共感している部分もある。
ただ、彼の理性はあまりに澄んでいて、
人民に有害であるところの王を、排除すべきだと判断するのだ。
演ずる長谷川博己さんの、綺麗な磁器のような硬質な冷たさが素敵。
元奴隷で、カリギュラに解放してもらい、彼にずっと添っているエリコンは、
あきらかに他の人々とは違うタイプの異分子。
横田栄司さんは独特の皮肉っぽさで、
シピオンやケレアより、ぐっと大人の男を感じさせた。
主要人物では紅一点のセゾニア。
品位有る女性でありながら、ただただカリギュラを愛し、
残酷な戯れにも率先して手助けする姿には、なにひとつ迷いがない。
その溺愛ぶりは、まるで母親のよう。
彼に殺されていきながらも、幸せなのではないかと思える。
若村麻由美さん、品格と華があって見事。
舞台演出などの感想）
・台詞は詩的でうつくしい。なにか素直に胸に染みる。
最近の蜷川演出作品では、レトリックだらけで早口のシェイクスピア
ばかりを聞いていたので、よけいに新鮮。
・白の衣装は、シンプルながら優美で素敵だった。
・NINAGAWA十二夜でも試みられた鏡張りだが、
ふっと開け閉めされるドアに 意表を突かれる。
張り巡らされたネオンの鮮やかな色彩は圧巻。
サイケデリックな虹色や、さみしい白、かなしい青など、
心象に添って切り替わるのに幻惑された。
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