<水晶の夜>
「ドラッグ名はなんとKrystal Nacht(クリスタル・ナハト)
水晶の夜って意味
1938年11月9日の夜、当時ナチスはドイツ全土で民衆を扇動して
ユダヤ人街の窓ガラスを叩き割り、路上をガラスの破片だらけにした
それをきらきらと美しいクリスタルにたとえたわけ
破壊された商店7500軒 殺されたユダヤ人91人 収容所送りが3万人!」
実はオリジナルシナリオには、「水晶の夜」に言及する台詞は無い。
「1938年11月9日の夜」以降の部分は、スズカツ版・耕史ヘドウィグ独自のもの。
逆にオリジナルでは、そのまえにセルビアに居るマネージャーの
フィリス・ステインとヘドウィグが電話で話したり、そこにジョン・レノンの
『Happy Christmasa』が流れたりする場面があるようだ。
やはり彼我の環境の違いで、あちらでは「水晶の夜」と言えば、
迫害や虐殺のシンボルとして有名な事件だし、共通イメージがあるはず。
でも極東の私たちにとってはその意味するところの重みが
ぴんとこないだろう、と演出のスズカツさんは判断して、
この一節を付け加えたのかもしれない。
Kさんが参考のために読んでみたというので、
私も図書館で同じ本を借りて来た。
『ホロコースト全史』(Michael Berenbaum著 創元社 1996)
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E5%85%A8%E5%8F%B2-%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB-%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%90%E3%82%A6%E3%83%A0/dp/4422300326
アメリカ合衆国・国立ホロコースト記念博物館研究部門の
ホロコースト研究所の所長である著者の、510頁に及ぶ労作。
ナチスによる大虐殺がどのように行われたのか、詳細に記述されていて、
その凄惨さに胸が凍りつくような思いがする。
人間が人間に対して、ここまで残虐なことが出来るのかと。
<1938年―「水晶の夜」(クリスタルナハト)>の章(p.115-119)にはこうある。
11月9日の深夜近く、ゲシュタポ長官ハインリヒ・ミュラーは、
ドイツ中の警察に電報を打った。
「まもなく、ユダヤ人とシナゴーグ(註:ユダヤ教の礼拝堂)に対する
攻撃がドイツ中で起こるが、邪魔をしてはならない」。
逆に警察は、犠牲者であるはずのユダヤ人を逮捕することになっていた。
建物を燃えるままにまかせよとの指令も出されており、
消防隊は炎上するシナゴーグを、そばで傍観していた。
消火の指示が出されたのは、隣接するアーリア人の家が延焼しそうに
なった時だけだった。
48時間のうちに、1000以上のシナゴーグが焼かれ、それとともに
トーラーの巻き物、聖書、祈祷書などが灰になった。
7000軒におよぶユダヤ人の商店や企業が壊滅的な打撃を受け、
96人のユダヤ人が殺され、ユダヤ人の墓地、病院、学校、家が破壊された。
こうした暴力行為には、時として近所の住人も加わっていた。
結局、3万人のユダヤ人が逮捕され、大量の逮捕者を収容するために、
ダハウ、プーヘンヴァルト、ザクセンハウゼンの強制収容所が
拡張されたのである。
一連の破壊行為がおさまると、この組織的迫害(ポグロム)には、
美しい名前がつけられた。
「クリスタルナハト(水晶の夜)」、あるいは「割れたガラスの夜」
である。水晶の夜は、ドイツにおけるユダヤ人迫害のシンボルとなり、
このときを境に、ユダヤ人はもはやナチの支配するドイツでは
生きていけないことをはっきりと知ったのである。
「破壊された商店、殺されたユダヤ人、収容所送り」という
ヘドウィグの台詞の流れは、この本の記述が基となっているのかもしれない。
このすさまじい事件をドラッグ名にしていたイツァークはすごいな。
<同性愛者への迫害>
ナチスはユダヤ人だけではなく、ジプシー(ロマ)や「エホバの証人」
の信者も徹底的に弾圧した。
同性愛者もその対象となった。
ナチズムという男性的思考の持ち主たちにとって、
同性愛者は軟弱さの象徴であり、
アーリア人の人口増加政策に反する存在だったのだ。
大都市にあったゲイバーは襲撃され、強制収容所に送られた同性愛者は
「オカマ(Arschficker)」の印である「A」の文字が入った
黄色いバンドをつけるように強制され、
後にはピンクの三角マークをつけさせられるようになった。
ピンクの三角はそれから何十年かのち、ゲイの権利運動のシンボルとなる。
<絶滅収容所のガス室>
犠牲者たちが裸になると、監視員が彼らを地下のガス室に連れていった。
天井には偽のシャワーのノズルがついていた。
ガス室がいっぱいになると、ドアが閉められ、鍵がかけられて、
屋根の穴からツィクロンBの粒剤が注ぎ込まれた。
粒剤はガス室の床に落ちるとすぐに、毒ガスを出し、
犠牲者のほとんどは20分ほどで死亡した。
全員が死ぬと、親衛隊の指示で囚人が死体を隣室に運び入れ、
死体から金歯などが抜かれ、女性は髪を刈られた。
その後、死体は運搬用エレベーターで地上の焼却炉へと運ばれ、
3、4体ずつ1つのかまに投げ込まれた。
(同書 p.298-299)
ある民族を「絶滅」させるために作られた収容所。
「アーリア人」と「非アーリア人」との徹底的な選別の冷酷さを知ると、
「色がついてりゃそれはアーリア人種じゃない 宗教だって違う」
というヘドウィグの台詞のこわさも痛感してしまう。
「ただのシャワーだよ ガス室なんかじゃないさ」
なんてことを!
目を背けたくなるような史実だけれど、知らないではすまされない。
『Sugar daddy』に至る前のくまさんグミのパックのくだりには、
こんな慄然たる出来事のイメージがかぶっている。
ヘドウィグという作品には、エロスだけではなく、
死(タナトス)のイメージも濃厚にたちこめている。
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