信仰心を持ってくださいなんていうつもりはありません。新興宗教にどっぷり漬かってしまって苦しんでいる方達だって自分は幸せだと思う自由はあるはずですから。
ただ昔に比べると人の生活の中から「信じるもの」に対する畏敬の念というものが無くなったなぁと思います。比べてタいやミャンマーなどの国々の方達が日々の生活の中にそういう神仏に対する畏敬の念を細やかに織り込んで生活されている姿を見ると羨ましくなります。日本社会は信仰心というものについても歪んでしまっているように思います。持たない人は家に仏壇があっても見向きもしないし神社仏閣に対しても観光目的や遊びの感覚でしか向き合っていないように思います。というか日々の生活の中で神仏に感謝の気持ちを伝え続けることの大切さを誰も知らないようにさえ思います。
目には見えませんし実証されることもありませんが、何かに守られているということは間違いないことなのでそれに対して深い感謝を捧げることはとても大切なことです。それによって自らの魂の底にある大きな存在にアクセスできるようになるのですから。その意味が分かっておられる方が少ないのでしょうね。
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